井伊直政公顕彰式

夫が彦根市立病院に取材に行っている間に、私は「彦根初代藩主・井伊直政公顕彰式」に出席いたしました。


直政銅像


井伊直政公は1561(永禄4)年2月に遠州祝田で誕生し、来年(2011年)に生誕450年を迎えます。
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今川氏の家臣であった井伊直親の子として遠州井伊谷に生まれたのですが、元来井伊氏は遠江の国人領主であり、井伊直親は直政の生まれた翌年に謀反の嫌疑をかけられて今川氏真に謀殺された。謀反人の子として殺害されそうになったが、周囲の願いにより助命され、各地を転々として成長した。1575年、15歳になった直政は徳川家康と対面して家臣となり、取り立てられて井伊谷支配を家康より認められた。

本能寺の変後、家康が武田氏旧領の信濃・甲斐を手中に収めると、直政は武田家旧臣を多数与力に付属され、山県昌景の軍装を復活させ「井伊の赤備え」と称する精鋭部隊の将となった。

1584年の小牧・長久手の戦いで、初めて赤備えを率いて出陣。池田恒興を討ち、戦功を挙げた。豊臣秀吉にも高く評価され、徳川氏と豊臣氏の和解後、従五位下侍従に叙任された。

直政は新参ながら数々の戦功を評価され、1590年の関東入りに際しては上野国箕輪(群馬県高崎市)に家臣中第一位の12万石を与えられた。1598年には箕輪城を廃し、南の和田城を改修して高崎城とし、高崎に移る。

1600年の関ヶ原の戦いでは、関東から豊臣系武将を纏める軍監として西に向かい、また本戦においても家康の四男・松平忠吉(直税の娘婿)を補佐して西軍に一番槍を付ける戦功を立てた。この戦いで島津豊久を討ち取った。関ヶ原の戦いの戦後処理と江戸幕府の基礎固めにも奔走し、自らは石田三成の旧領佐和山18万石を与えられた。

しかし、1602年に、おそらくは過労と島津義弘軍の追撃において受けた鉄砲傷の破傷風が元で死去した。

(顕彰式次第から引用)
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顕彰式は市長の挨拶、商工会議所会頭の顕彰のことばがあり、彦根駅前広場は甲冑姿の鉄砲隊も多く見られ、盛り上がりを感じました。


市長挨拶


会頭顕彰のことば


鉄砲隊の演武に移り、閉式をいたしました。


鉄砲隊隊長


中沢県議と一志郎


鉄砲隊には中沢県議も参加されており、勇猛な赤備えの甲冑姿で午後からの城まつりパレードにも参加されました。


中沢県議


真理子と中沢県議鉄砲隊


現在の彦根の礎を築いた井伊直政公の顕彰は永く続けなければならないと思います。




 


彦根市立病院に芝桜

11月3日午前10時、私自身は井伊直政公顕彰式に出席しましたが、その同時刻に彦根市立病院では駐車場の隅の空き地に芝桜の定植が行われました。

この芝桜は彦根市民健康サポーターズ倶楽部が資金を出して、市立病院を美しい病院にしようとの趣旨で行われたものです。市民健康サポーターズ倶楽部の応援団を自認する私としてはお手伝いに行くべきでしたが、代わりに夫が写真取材をして参りました。


植え付け作業04 


場所は、市立病院の南東端にある小さな空き地です。ということで、用意された苗は300株。主導されている綿貫先生の目論みではかなりの範囲に植えられるだろうとのことでしたが、案に相違して、苗の入っていた箱には、20儡岾屬膿△┐襪伐屬咲いたときに一面を覆い尽くすでしょうとあり、幅12メートルほどの場所に植えれば、1列に60株必要ですから、5列しか植えられないことが判明しました。


植え付け作業02


看護師・助手の方々が5名と綿貫先生、それと病院の隣で長年お住まいの今井さんが作業をされました。


植え付け作業03


植え付け作業01


約1時間の作業で5列の芝桜の定植は終了しました。あと20倍ほどの苗がないとこの部分の空き地を芝桜で埋め尽くすことはできないことが判明。

作業をされた皆さま、ご苦労様でした。その後もフラワーポッドの土の入れ替え作業をするとのことでしたが、私をパレードの準備に送ってくれるために夫は失礼しました。

綺麗に並んだ芝桜が美しい絨毯のように咲いてくれることを願ってやみません。


芝桜001


病室で治療に励んでおられる患者さんたちを少しでも和ませることができれば、彦根市民健康サポーターズ倶楽部の励みにもなると思います。


国会訪問

10月31日から1泊2日で国会議事堂と新議員会館の見学に行ってきました。

31日夜は、千代田区永田町のホテルモントレ半蔵門に宿泊しました。

永田町と言えば国会議事堂のある所で、日本の政治はここで動いている訳です。


夕食


夕食は前環境副大臣の田島代議士も同席されて、後援会の皆さまと懇親会がありました。私の左隣は中沢啓子県議会議員です。この懇親会の後、宿泊せずに彦根に帰り、翌日の予定に備えるとのことで、そのエネルギーに感服しました。

私は田島代議士に前々から疑問に思っていた予算・決算の話をぶつけてみました。前回・前々回も書きましたが、どうも政治という世界は予算が重視され、決算は軽視されていること。ましてや、国会中継などを見ていると予算委員会では予算のことで充分な審議がされているのかが疑問でしたので、以下のような質問をいたしました。

予算委員会は予算を審議する委員会のはずですが、テレビ中継を見ていても予算以外の、それも政局絡みの質問が多く、「何故もっと国民の生活に密着した予算についての質問をしないのですか」と。

帰ってきた答えは、予算委員会ではやはりその他もろもろのことに力点が置かれていて、予算以外の関連質問の議論が多いとのことでした。田島代議士も、自分は予算について質問する予定をしていても、急に党の意向で違う質問に変えられることもあったりして、歯がゆい思いをしているとのことでした。

1日は国会議事堂と新議員会館の見学でした。

国会議事堂は大正9年1月に着工され17年の歳月と当時の金額で2570万円の費用をかけて昭和11年に完成しています。実に70年も前の建物であるわけです。そのため、絶えずどこかに修繕が必要で、工事中になるようです。今回は国会議事堂の外壁工事が行われていて、全景を見ることができず、残念でした。


議事堂前03


秋の旅行シーズンでもあり、私たちのほかに小学校高学年らしき修学旅行の団体と共に説明を受け、国会議事堂の中を見学いたしました。本会議場はさすがに格調高く、ここで70年間の日本の歴史が刻まれていて、戦争という悲劇の時をも越えてきたのだと感慨深く傍聴席に座りました。


真理子0004



衆議院本会議場


本会議場の傍聴席の階段は大変急で、高齢者の方には危ないものでした。また、手摺りは何十万人という人が支えにしたのでしょう、磨り減っていて歳月を感じました。


ロビー001


動く歩道


それでは今回の主な目的である新築された議員会館(テレビ等で広くて贅沢な造りとの批判もありましたが)を見学してみましょう。

議員会館全体は広くて、明るく清潔な印象です。議事堂と議員会館をつなぐ部分には動く歩道が設置されていて、「これって本当に必要なの?」と感じましたが、障がいのある方のためには必要とのことで、一応納得。

田島部屋番号


エレベーターで10階に上り、田島議員の部屋を見学。

まずここは秘書や事務員のスペース。


議員会館01


田島代議士の部屋です。代議士の椅子に座らせていただきました。「座り心地がよく、仕事に集中できそう」でした。


田島一成001


議員会館02


ラウンジ


ここは来客用の部屋です。

国会議事堂を見下ろす議員会館からの眺めは素晴らしいものでした。将来を見通した真摯な議論がされることを願ってやみません。何かと批判の的になった新議員会館ですが、広すぎるという空間ではありませんでした。旧会館の2.5倍の広さになったとのことですが、以前の空間が狭すぎたのだと思います。国会議員ですのでこれくらいのスペースは必要でしょうが、これはすべて国民の税金で建てられているのですから、我が国の将来を考え、国民の生活が今よりも少しでもよくなることを願います。


議員会館から議事堂


食堂


いら菅


ついでに売店をのぞいてみておもしろいお土産があったのでパチリ。


田島一成002


田島代議士はいつも笑顔です。いつ会っても親しみやすく、少しも驕ったところがなく、私や夫がメールを送信してもすぐに答えが返信されてきます。

そういうところが根強い人気の理由でしょう。COP10での生物多様性の研究・立案等、精力的に環境問題に取り組まれていることを地元後援会としても理解をし、今後とも応援して参りたいと思います。


上田


31日には所用があり、久し振りに旧友との再会。市議会議員になりましてからは友達とお茶をする時間もなく、ひたすら走り続けている毎日を過ごしてきましたので、親友とのつかの間の再会は心に潤いを与えてくれました。


真理子0001


私の好きなフォーシーズンズホテルを再び訪れました。ゴージャスな雰囲気ですが、これは何の部屋でしょう。

意外ですがトイレです。ここで暮らしてもよいくらい素敵な空間です。


ロビー


議員会館への一般の人の入館はかなりハードなセキュリティチェックを受け、その後に面会証を取得して、などと大変な手順がありますが、今回は田島代議士の計らいで、楽々と見学させていただきました。有難うございました。

また故郷でお待ちしています。

今日(3日)は小江戸彦根の城まつりパレードです。



 

政治スクール第3講

10月最後の土曜日。民主党滋賀県総支部連合会の「政治スクール第3講」に栗東まで参りました。

今回は、前三重県知事・現早稲田大学教授の北川正恭氏で、テーマは「マニフェストについて」です。

約1時間の講義の中では、なぜ自民党政治が終わったのかということを分析して、「利益誘導型」の政治を続けてきたことが原因であって、マニフェストで民主党が国民に約束した政策が勝利した結果だということでした。しかし、現在のことろ、政権は取ったものの、実践できていないので、批判を受けている、とズバリ。


看板


地方政治においては、首長と議員という二元代表制になっているが、結局は議会が政策の決定権を握っているので、議員の力は大きく、大変に重要であるとのことでした。そのためには、「議会基本条例」を作る必要があり、全国150自治体において既にできていて、まだのところは早急に作るべきだとのことでした。


北川正恭


地方議会から国を変えることをしなければ、たとえ国会で政権を取ったとしても政治全般が変わるわけではないとも仰いました。


栗東勉強会

 
私は、一昨日の政府の事業仕分けで取り上げられた「地方交付税及び譲与税配付金特別会計」について質問をいたしました。地方の税収格差により、特に地方では進めなければならない事業についての財源が不足することに伴い、地方交付税や地方譲与税によって財源不足を補っているが、この特別会計の借入金残高が33.6兆円に膨らんでいて、これを地方は自らの借金ではないと考えていることに問題があるとして、抜本的見直しがされることになるようですが、このことについて質問をいたしました。

ところで、昨日「自治体の決算を早くするべし」との記事をアップロードしましたが、今日のスクールでもこの話が出ました。自治体を含めて政治の世界では予算主義が浸透していますが、企業にあっては決算が大切であって、「どのようなことをしてきたのか」という結果責任論を述べられました。もちろん、予算を軽視するわけではありませんが、決算主義に変えるように努力する必要があると話されました。

多くの企業が毎年決算処理に苦しんでおられる姿を見聞きしているだけに、納得できる話でしたし、私の主張と相通ずるところがあり、昨日書いた記事と同じ考えをした識者がおられることに意を強くしました。

明日からは、田島一成後援会主催の国会見学ツアーで東京に参ります。東京での経験については帰彦後に書かせていただきます。




決算特別委員会

10月25日と26日に決算特別委員会が開催されました。


決算特別委員会01


決算特別委員会は、前年度決算を承認するためのもので、これを受けて次年度(平成23年度)予算策定に資することが目的です。


決算特別委員会02

一般会計と特別会計の中から、私はいくつかの質問をさせていただきました。もちろん、公認会計士の監査も済んでいるわけですから、形式的には済んだことであるとの認識をされがちですが、私にはそうは思えません。

まず、一般企業においては、決算期(多くの企業は3月末)から2ヶ月以内に決算書・申告書までを作成して5月末までに納税をしています。あるいは上場企業にあっては監査役の監査を経て、公認会計士の監査報告書を得た上で6月末の株主総会のため、2週間前までに株主総会招集通知の資料として決算書を添付するわけですから、印刷に要する時間を考慮すると現実には2ヶ月以内にすべての処理が行われています。

行政では、出納閉鎖を5月末に設定しているため、そこから決算の処理が行われていますので、決算事務のスタートが遅くなるという理由づけがされていますが、私は以前からこのことについての疑問を感じていました。国会(国家財政)においても同様に間延びした決算承認(不承認であっても理事者にとってはなんらの不都合もありません)が行われているのが現実です。

しかし、世界に冠たるトヨタ自動車では年間約19兆円の売上高があり、その中には国際取引が一杯あると同時に子会社との連結決算を組む必要があります。それに比較すれば総額ではとても及ばない約713億円(平成22年度予算で一般会計約361億円、特別会計約216億円、企業会計約136億円)の予算規模です。

例えば、「実質公債比率」という言葉をよく聞かれると思います。自治体が一定の比率以上の公債(自治体が発行する借金の証文で、国が発行しているのが「国債」、市が発行しているのが「市債」です)を発行しようとすれば、県や国の承認が必要となる比率です。彦根市においても、県内3位の実質公債残高比率であるわけで、財政の硬直化を招く一因です。

この公債残高や年間の支払利息は、極端に言えば4月1日にも確定します。他の事業に伴う経理処理は委託先からの請求書が出てこないと把握できないのですからこういったことは無理ですが、公債残高や利払いといったものは通帳を見れば数字が確定するのですから、可能なことです。

貸金業法が今年6月に改正施行されましたが、それによれば年収の3分の1を超える新たな融資を受けられないこととされました。国民の健全な経済環境を整えようとする施策で、よく考えられた法律ではありますが、その考え方を自治体や国にも当てはめているのが公債比率ですが、もっと真剣に考える必要があると思います。

主婦の感覚では議員は務まらないと言われたりしますが、財布が大きいか小さいかだけの違いであって、本質は同じであると考えています。

もっと考えるべきは、些末なことを議論するのがこの委員会の目的ではありません。彦根市という町の、将来へ先送りした負債をこれからの世代に残していってよいのかという視点です。現在の市債の元になったのは、かつての為政者のツケでもあります。下水道事業をはじめとしたバブル時代のハコモノへの投資です。そしてそれを承認し続けてきた議員の自省も同時に必要です。将来展望(採算性の問題であったり、運用のための具体的な施策)を含めて議論するのが議員の本旨であると思います。自分たちが承認して進めた施策の中身の検証をすべきであって、出てきた決算書によって赤字だから怪しからんというのは天に唾吐くに等しいことだと思います。だから私は市立病院の経営の安定策を提言をし、その結果を常に見守り、自ら行動しています。

国においても、事業仕分けが行われています。一つの事業に400年もかかるとされるスーパー堤防事業は、誰がその責任を持てるのでしょうか。200年に1度の災害から国民を守るためとの能書きがありますが、200年に1度の災害は明日起こるか200年先に起こるか分からないとはいうものの、せめて100年で完成しますというならば、そのような災害を守ることができるかも知れないとの期待も持てますが、400年ではお話しになりません。


蓮舫参議院議員と
(現在、事業仕分けで活躍中の蓮舫行政刷新担当大臣と共に本年2月の林参議院議員との集いにて)


私も議席を与えていただいて3年半しか経っていませんが、物事の本質(例えば、どのようなプロセスで事業策定が行われ、その根拠たる事実が何であったのか)を知ることができました。

これからも厳しい目で、しかし市民に優しい気持ちを持って進みたいと思っています。

 



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