第15回ゆかたまつりと彦根りんご収穫祭

7月31日午後から、第15回ゆかたまつりが催されました。


ゆかたまつり04


たくさんの浴衣や甚平姿の市民が夢京橋キャッスルロードを埋めていました。

商工会議所や商店街連盟、観光協会などで構成する実行委員会の主催で、たくさんのスタッフが大童でした。

私も、ゆかたのファミリーコンテストに夫とともに参加いたしました。

コンテスト参加者の直前打合せ場所が夢京橋あかり館でありました。


夢あかり館01


夢あかり館02


あかり館の中庭で写真を撮りました。昔の町家を模して、中庭を配した建物構造を見ると、江戸時代に考えられた狭い生活空間を少しでも開放的にしようとして考えられた中庭の効用を考えさせてくれました。

直前の打合せを終えて、キャッスルロードを歩いていますと、宗安寺の門前でいつもお世話になっている北風寫眞舘のスタッフがスーパーボールをお手伝いしておられ、宗安寺の山門には議員中間の細江議員と、高校の同級生の渡邉さんとばったり。細江議員の会派の視察旅行の情報を聞いたり、10月に開く高校の同窓会の話題を話して、宗安寺の中へ。

短冊が置いてあったので、願い事をひとつだけ書かせていただきました。


宗安寺01 


笹に吊り下げて、お願い事の成就をお祈りしました。


宗安寺02


そのうちにファミリーコンテストの時間が来ましたので、コンテスト会場へ移動。

ステージ前には商工会議所専務理事や観光協会副会長などの審査員が並んでおられ、いささか緊張。


コンテスト審査員


全部で10組のファミリーが登場。4番目に登壇。


コンテスト01


谷口夢京橋商店街振興組合理事長の軽妙な司会で、21年前のゆかたに関するエピソードを紹介いたしました。

当時、ミシガン州立大学連合日本センターに留学していた学生をホームステイで受け入れ、彼に浴衣を着せたこと、その後、着物を作ってあげたところまではよかったものの、30センチという彼の足に合う足袋が彦根では見つからなかったので、京都まで調達に行ったことなどを話しました。


コンテスト02


審査では、東京から里帰りをされたファミリーが優秀賞を獲得されました。その他、県内各地から参加された方を含めて、それぞれに参加賞をいただきました。


表彰01


残念ながら、その後のイベント(実はゆるキャラサミットの紹介のためにひこにゃんたちも登場した筈です)は失礼して、次へと移動いたしました。


ゆかたまつり01


ゆかたまつり02


ゆかたまつり05


商店街に活気があることは大変に重要なことです。

かつては、秋の行事であったゑびす講では、道を歩けないくらいに周辺からの購買者が彦根の町を埋め尽くしたと聞いていますが、それだけの集客力のあった彦根の商業の発展を願わずにはおれません。


夕闇の中、同級生の尾本君が主宰しています彦根りんごの収穫祭に移動しました。

「尊和林庵(そわりあん)」と名付けられた建物で収穫を祝うバーベキュー大会です。

彦根りんごは、小振りの和りんごで、復活のために尾本君が尽力して、ようやく復活させたものです。りんご園には、嘉田知事や獅山市長のりんごの木も植わっており、その実は8月20日前後の地蔵盆の頃に実り、地蔵盆のお供えに使われたとされています。

この団体には田島環境副大臣や中沢県議会議員も参加しておられ、昨夜も参加されました。

その中で、29日に千鳥ヶ丘自治会で開催しました「第3回健康講座」の評判を聞いてみました。参加者の中からは、彦根市立病院の取り組みについての高い評価や、医療のあり方についてのご意見など、貴重な声を聞くことができました。今後、病院問題についての取り組みに活かしたいと考えております。


彦根りんご


カメラの調子がよくなくて、写真を1枚だけしか使えないのが残念ですが、夜遅くまで、街のこと、国のこと、そしてまちづくりの本来的なあり方を垣間見たひとときでした。



千鳥ヶ丘自治会第3回健康講座

7月29日午後2時30分から、千鳥ヶ丘自治会の第3回健康講座が開催されました。

今回の講師には、彦根市立病院循環器科部長の綿貫正人医師をお願いいたしました。

千鳥ヶ丘自治会では、昨年度から健康講座を開催しており、昨年11月には「介護のABC」を、今年3月には「床ずれについて」に引き続いての開催でした。今回のテーマはズバリ「心臓病について」と題してお話ししていただきました。


全体写真


外来に心臓病だということで来られる患者さんの中には、心臓周辺の筋肉痛や神経痛が原因の方も多く、心臓周辺が痛くなったときで、病院に行かなければならない場合のことを詳しくご説明いただきました。


心臓スライド


また、冠動脈における梗塞や狭心症などの病気の具体的な説明についても、分かりやすく説明いただきました。


受講者


人として生まれてきたことの不思議さや、その中での人間自体が持っている治癒力などについても説明をしていただき、明るく生きていくことが最も大切なことであると話していただき、参加者の笑いを誘うなど、親しみのある話し方で、医師と市民の架け橋を築こうという思いがひしひしと伝わってきました。

参加いただいた40名の方々は、自治会の方をはじめとして、聞きづてで来られた方など、真剣に聞いていただけたことがよかったと思います。


綿貫医師02


後半には、彦根市民健康サポーターズ倶楽部の説明や病院ふれあいまつりの説明など、彦根市立病院と市民とがより身近になるようにと、されている様々な活動についても説明いただき、あっという間の1時間30分でした。


綿貫医師04


本日、自治会から彦根市民健康サポーターズ倶楽部に対して、彦根市立病院の犬上川沿いに植えられたハナミズキへの寄付をさせていただきました。いずれかのハナミズキに「千鳥ヶ丘自治会」というネームプレートが添えられることでしょう。患者として彦根市立病院を訪れる自治会会員の方が、そのプレートを見て、自分たちのハナミズキがここにあるのだ、と認識することで、病院との距離がまた一歩近づけたら幸いです。

彦根市立病院は、全国にたくさんある病院の中で、地域連携という点では非常に高い評価をしていただけたという実績があるだけに、その連携が「病診連携」にとどまらず、市民との連携がより一層深まるように願ってやみません。


綿貫医師03


彦根市立病院は市民と共に歩むきっかけが、今日の講座であるとするならば、私が3年前に「安心してお産ができる彦根市」を目指して皆さんから議員に選んでいただいたことが一つの形となるきっかけになってほしいと思います。



 

百朗会例会(平成22年7月)

7月28日。地元老人会(百朗会)の例会に、五環生活から「べんりんたく」に来ていただき、紹介をさせていただきました。


百朗会例会20100728


環境に優しい「べんりんたく」は、彦根という小さな規模の、そして狭い道の多い町には有効な交通手段であり、そして何といっても「低炭素社会構築都市宣言」としている彦根市にとってもCO2を排出しない交通手段であることが重要です。近く、営業範囲を広げるということで、その紹介を兼ねて来ていただきました。

チラシなどでも見てはおられるのでしょうが、実物を見るのは初めてという方がほとんどで、ちょっとのお出掛けにはもってこいの交通手段であることを再認識していただきました。


五環生活02


五環生活01


運営面でも課題はあるようですが、現在の芹川以北という営業範囲が広がれ(現在申請中です)ば、幾分なりとも車夫さんにはプラスになるのではないでしょうか。

皆さん、べんりんたくを活用しましょう。これからも、他の自治会や老人会の集まりにべんりんたくの出前講座を開催していただくよう働きかけていきたいと思っています。


五環生活03


五環生活04


なんといっても、地元千鳥ヶ丘の老年人口は30%を超えています。限界集落という言葉が言われて久しいのですが、どのようにすれば地域が活性化し、地域の人々が手を携えていけるかの解決策発見がこれからの自治会の課題であると思います。

8月下旬には、地蔵盆が待ち構えています。しかし、千鳥ヶ丘には、6世帯7人の小学生しかいません。そして、その保護者の方々も仕事をもち、準備・当日・後片付けに万全の協力をいただけるものではなくなりつつあります。そのような意味からも、3年前から地蔵盆は子ども会の行事から自治会の行事へと移行しました。

しかし、自治会活動自体も老人会の皆さんの協力なくしては成り立たなくなっています。そこで、自治会長が地蔵盆への協力を要請するために例会においてお願いをいたしました。

今から40年以上前には1学年で10人を超える小学生がいたのですが、現在はこのような状況であることを説明し、「地域の交流のための事業」との位置づけをして行わざるを得ないのが現実です。

どうか、多くの老人会の皆さんの協力を得て、地蔵盆が成功裡に終えられますように。


自治会長依頼


さて、夜には「まちづくり基本条例検討委員会」と市長との意見交換会が行われました。

私が考えるところでは、本来の議員のあるべき姿の一つとして、議員提案による条例制定があると考えています。議会で理事者に注文をつけるだけが仕事ではありません。市長も議員も共に選挙で選ばれてきた立場は同じです。しかし、議員としての重要な役割は条例制定についての議員提案だと思います。

一方、「まちづくり基本条例検討委員会」の委員は公募で行われ、志ある市民が応募しておられます。しかし、委員の多くは行政の仕組みを詳しくご存知ではなく、また委員に任命するからには任命者が方針を詳しく説明していくべきものであると考えます。 

昨年8月に萩市から市長以下の使節団が来訪された時に、萩市長と市民の絆の深さを目の当たりにした経験に照らすと、市長と市民の意思疎通が何にも増して大切なのだと実感いたしました。萩市長が使節団の方々を父親のような目線で温かく見守っておられたのが心に残っています。鹿児島県の某市のように市長が君臨するだけではいけないのだと思います。かといって、市民におもねることもいけませんが、その根底にあるべきは互いの信頼感だと思います。

市長と市民、議員と市民のそれぞれが互いを理解し、課題解決のための方策を共に築き上げるという姿勢こそが大切なのだと実感いたしました。


スミス記念堂高額寄付者銘板除幕式とスミス会議通常総会

7月24日午前10時から、スミス記念堂高額寄付者のご芳名を刻した銘板の除幕式が行われました。


スミスからの彦根城


スミス記念堂は、昭和6年に建築された和風教会を平成18年12月にNPO法人スミス会議が再築した建物で、翌年9月21日に文化庁の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

昨年12月25日に再築資金の全額の支払いを終え、その間に1,000人(社)を超える彦根市内外の方々や企業からご芳志を頂戴したもので、その中から高額のご寄付をいただいた方々を永く顕彰する意味で、スミス記念堂のいわれを記した石碑の裏にスペースを確保していたものでしたが、24日にようやくその銘板が完成し、取付が完了して、その除幕式が行われました。

除幕式では、スミス会議の森理事長、小出副理事長、木村副理事長に、地元本町二丁目の細江自治会長が紅白の紐を引き、石碑を覆っていた白布が取り除かれました。


除幕



100人(社)を超える高額寄付者の名前が記された銘板には、私が知る人々をはじめとして、志ある多くの方々の名前があり、広く彦根市内外の方々や企業が記されていました。


銘板


記念堂石碑


全国でも稀にみる、市民(彦根市内外ではありますし、企業もありますが)だけの手でこれだけの建物が再築されたことに大きな誇りを感ずるところです。このような取り組みにおいては、しばしば行政からの支援が行われるのですが、ことスミス記念堂においては、敷地を彦根市から無償で借用させていただいているとはいうものの、再築資金をこのようにして調達できたことは珍しいのではないでしょうか。

これは、平成8年に道路拡幅が計画された時に始まった市民運動の成果であり、最初に取り組みを始めた「スミス記念堂を彦根に保存する会」が、発展的にNPO法人スミス会議へと脱皮して、4,200万円にものぼる資金の調達が成功したものだと思います。

余りにも暑い日射しのため、除幕前の森理事長の挨拶も堂内で行われたのですが、参加者一同はここまでの永い道のりに思いを馳せていたことと思います。


森理事長挨拶


欄間



除幕式の後、10時15分から第7回通常総会が開催されました。


総会前の理事長と専務



森理事長の挨拶の後、木村副理事長を議長に選任し、会議は粛々と進行し、10時45分に新役員の選任も終えて、終了いたしました。

今回の役員改選では、設立以来監事の重責を担っていただきました北村昌造(彦根商工会議所会頭)様と大森修太郎(元彦根商工会議所専務理事)様の両名と理事の田島一成(衆議院議員・環境副大臣)様が任期満了退任され、新しく私も他2名の方とともに理事に選任いただきました。また、田島議員は公務多忙のため、理事会への出席もままならないため、朝倉克己元滋賀県議会議員とともに監事として引き続きスミス会議を見守っていただくこととなりました。

特に、大森監事は適切なチェックと指摘で任務を全うしていただいたわけですが、後進に道を譲っていただく形での退任だと理解しております。長い間ご苦労さまでした。

さて、スミス会議は再築資金のすべてを完済した今、設立当初の一つの大きな目的は達成したものの、NPO法人としての目的・事業である近代化遺産の再調査を行い、彦根の近代化遺産マップの改訂版を制作することも承認されました。

再築に取りかかった当時に制作したマップにあった近代化遺産の中から、現在のスミス記念堂に隣接して存在した和光会館は取り壊されてマンションに姿を変え、鐘紡工場群も住宅地に変貌してしまいました。

江戸時代に栄華を誇った彦根の町が明治維新という近代化の大波に揉まれる中で、新しい時代を取り入れようとした先人たちの思いのこもった近代化遺産を後世に伝える責任があるのは、現代を生きる私たちに他なりません。ともすれば江戸時代で途切れてしまったかのように思われている彦根の町を支え続けてくれた人たちの思いとともに。


銘板前で細江議員と



れんげはうすのバーベキューと盲導犬コンサート

三連休の最終日。梅雨明けをして猛暑の中、れんげはうすのバーベキューが行われました。


れんげはうす看板


3月に作業所が移転し、その間、いろいろな事業を進めてこられましたが、今回はバーベキューを実施され、参加して参りました。

「れんげ通信 ぶんぶん」を読みますと、入所者の方々が積極的に社会に参加しようとしている姿を読み取ることができ、移転が実現して本当によかったと思っています。リトミックやミニ運動会、リハビリ体験など、様々な活動を実践されて、健康と社会参加が実現していることを実感しました。

NPO法人れんげはうすの小野さんとも久し振りにゆっくりと話すことができました。


れんげBBQ


暑い中でしたが、参加者の元気な姿を嬉しく思いました。

そんな中で、昔住んでいたご近所の高嶋さんから文化プラザで盲導犬普及チャリティコンサートが行われることをお聞きし、そちらへと移動いたしました。 


文化プラザ


さて、盲導犬付杞憂チャリティコンサートでは、盲導犬の歴史についても知ることができました。

日本国内には32万人の視覚障碍者がおられるものの、全国に1,070頭の盲導犬しか存在していないことを聞き、もっと多くの盲導犬が視覚障碍者のために増えていく必要があると実感いたしました。

日本で最初の盲導犬は、実は1957年に彦根で活躍したのが最初であるということも初めて知りました。そして現在彦根市では15頭の盲導犬が活躍しているそうです。

盲導犬の育成には1頭あたり300万円の経費がかかるのですが、全国に10ヶ所の育成施設があるものの、先に書いたようにまだまだ盲導犬は不足しています。


盲導犬


講演


彦根市内では、「アヤハディオ」と「ほっかほか亭」に募金箱があるそうですので、温かいご寄付はそちらへお願いしたいとのことでした。

盲導犬の育成費用はすべて寄付金で賄われているそうです。

関西盲導犬協会の藤本喜久男さんの講演によれば、町で盲導犬を見かけた時には、次のことをお願いしたいとのことでした。

(1)盲導犬がハーネスをしている時には、盲導犬に声をかけたり、触ったりはしないでほしい。
(2)犬には赤信号・青信号の識別ができないので、例えば信号で盲導犬と視覚障碍者が信号待ちをしているときには、「青信号に変わりました」と教えてあげたり、「何かお手伝いができることはありませんか」と、優しく見守ってあげてほしいとのことでした。


セタフィル


久し振りにクラシック音楽を聴くことができ、選挙で疲れた身体を癒すことができました。小中学生のころには音楽で生計を立てたいなどと考えていましたが、今は議員という世界に身を置いています。

皆さまからの税金をどのように有効な政策に使用させていただくことが、将来の彦根市にとって大切かを第一に考え、一生懸命に取り組んで参りたいと考えております。


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