政治のありかた

国会中継を見て、どれだけの国民が安倍総理の言う「適材適所」人事について、特に桜田五輪担当相の余りの酷さに驚いたことでしょう。五輪のスローガンなどを答えられずして、どうして「適材適所」と言うことができるのでしょう。

 

しかも、多くの大臣の政治資金にまつわる問題が続発するということは、いわゆる「身体検査」能力が極度に低下していることの証ではないでしょうか。

 

しかも、民放のニュース番組に至っては、「答弁になってない」という野党席からのヤジのキャプションがつけられるほど、「質問の趣旨を理解していない」のか「答えられない」のか、「質問時間が過ぎればよい」とでも考えているように思えてなりません。

 

これは、地方議会でも起こっていることと相通じます。「ごはん答弁」と言われる、「ごはんは食べたのか」と聞かれ、「(パンは食べたけど、ごはんは)食べていない」が如き答弁で「やり過ごそう」というようなやり方が広まっているのではないでしょうか。

 

また、入管法の改正に至っては、「枠組み」だけの法律として、その運用を(国会の議決を要しない)省令に委ねようとしています。

 

彦根市議会での「裏合意問題」に関する民事調停申立議案においても、具体的な中身のない提案が6月臨時議会において、いわば「調停の申立をする」ことについての議案が提出されたのと似ています。管轄裁判所がどこになるのか、精算金額の乖離がどの程度なのかも示さずに、出されたのでした。

 

そして、「透明性のある場」での話し合いとして「民事調停」を採用したという、全く「制度についての認識」が異なる説明が行われました。閉ざされた調停室での調停委員を介しての話し合いが「透明性」があると言えるのか、「短期間」で決着するから民事調停を採用したと言いながら、既に4回目の調停期日(12月19日)が組み込まれ、年内決着(調停案の議会承認)は困難な状況です。万一、12月19日に妥結点に至ったとしても、それから後に、議案説明のための資料作成・全員協議会の招集・議員の質疑作成のための時間などを考えると、年内に審議日程を組み入れることは困難ではないでしょうか。

 

それよりも精力的に相手方との協議を続けることのほうが良かったのではなかったでしょうか。もとより、自治体に互譲の趣旨での決着を是とするのかという議論もあったはずです。先を見通すことができないトップであれば、このような混乱がいつまでも続くことに繋がるのです。

 

しかし、このような正論を訴えても最後は「数の力」で物事が決まってしまいます。それを変えることができるのは、市民の判断しかありません。

 

 

 

 


改憲(野党からすれば憲法改定)の議論

閣僚への批判が続く中、改憲への発言が出てくるようになりました。野党、特に立憲民主党からは「改憲」ではなく、「憲法改定」と発言していますが...。

 

さて、自民党は立党の初めから憲法改正を党是に掲げていると主張していますが、中身が伴っていません。特に、下村憲法改正推進本部長からはなぜか「安倍色、払拭」などと、残る安倍首相の任期と組閣人事の問題を考慮してか、「具体性のない抽象論」であったり、局所的に「国民は自衛隊が違憲だとは思っていない」などと、本当に自民党内でどれだけの議論がされ、纏まっているのかさえ疑問視せざるを得ない発言が出ています。

 

もちろん、国会は発議するだけではあるのですが、その行き着く先にどのような「憲法にするのか」を示さなければ、「党是」が泣くのではないでしょうか。

 

安倍政権が3年間保たないという逃げ場を作ろうとしているのかも知れません。

 

今回の入管難民法改正でも、スローガンの主張に止まり、具体的な職種も、人数的な縛りも、何も決まっていない中で議論を進めようとしているのと軌を一にしています。

 

立法能力が欠けているとしか思えません。

 


いつまでサマータイム?

自民党内で、東京五輪に向けたサマータイム導入検討をいまだにしているようです。

 

サマータイムはEU域内で、廃止が検討されていますし、我が国でも戦後すぐの時代に数年間導入されたものの、廃止をしたという歴史があります。

 

「働き方改革」と言っておきながら、余暇時間の使い方を知らない日本人にとって、結局は残業の増加であったり、変更の前後での体調問題などで、おおよそ結論が見えています。しかも、経済成長にどれだけ寄与するのでしょう。日銀も、経済成長の鈍化を認めているではありませんか。

 

しかも、世界中の時計との関係が、そしてコンピュータで世界と繋がっている今日、変更に要する莫大なコストのことをどのように考えているのでしょう。それは、消費税増税とセットで導入しようとしている軽減税率やキャッシュレス決済におけるポイント制の導入構想などと同じく、導入に伴うコストと、国民のどれだけがクレジットカードやQR決済などに対応できないのかなど、国民の日常生活のことを全く知らない妄想としか思えません。

 

たとえ、言い出したのが元首相であったとしても、そのことの不合理性とコストの無駄とを考えれば、とても納得できるものではありません。更には、税収増のために増税しようというのに、割増金付きの商品券の発行というのも、税収効果を減殺するものですから妥当なものでしょうか。

 

仕事を創出することと、新しい制度との狭間にあって、何が国民のためになるのかを考えるべきだと思います。

 

 


行政不服審査

沖縄県辺野古に関する問題で、国が沖縄県の埋立認可取り消しについて、国(国土交通大臣)に対して行政不服審査法に基づき不服申立を行ったものです。

 

そこで、行政不服審査法の目的である同法第1条を見てみます。

 

「第1条 この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度を定めることにより、国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。(第2項以下略)」と定めています。

 

そこで、「行政庁の違法又は不当な処分云々」は「沖縄県の認可取り消しの処分」、「国民が云々」というものは、果たして「国」が「国民」に当たるのかどうかです。そして、(公有水面埋立の)所轄庁が国土交通省ですから、国土交通大臣が受理して審査することになります。

 

しかし、先にも書きましたが、「国」が「国民」に該当するのかどうかと言う点と、「国」が「国の行政機関」とも言うべき国土交通大臣に対して審査の申し立てをすることに、利益相反または自己契約類似の立場において、適切であるのかどうかと言うことになります。

 

案の定、沖縄県内の大学教授など67名が連名で声明を発表して、抗議文を沖縄防衛局に提出したそうです。

 

自分で自分のことを審査するに等しいことが、許されるのか、また、法解釈として国の主張が許されるのかどうか、しっかりと検証すべきだと思います。

 

本土の法学者の声を聞きたいと思います。

 

 

 

 

 


「対話」とは何か

アメリカの中間選挙が目の前に迫ってきました。

 

しかし、トランプ大統領は「対話」などせず、Twitterなどから自己主張だけを発し続けています。しかも、中距離核戦力全廃条約(INF)からの離脱や、気候変動枠組条約からの離脱など、各国の求める地球の平和や安心のための取り決めに背を向ける姿勢を一方的に発信し続けています。

 

国内では、沖縄の在日米軍基地の辺野古移設について沖縄県民の「No」の声に背を向けている政府も、かつては「対話」という言葉を使っていました。

 

一方的に主張するだけでは「対話」ではありません。

 

これは、地方自治体においても同様です。様々な意見に対応しないかぎり前進しないことは、誰しもが持つ思いですが、それを受け止めずにいることは、「対話」の対極にある考え方であり、市民に「対決」を求めているということにはならないでしょうか。

 

しかも、自らの主張において、疑問に対する明快に説明をしないことは議論にもなりません。まさに、森友・加計問題での安倍首相の「丁寧な説明」と言いながらも、何も説明しないことと同じではないでしょうか。

 

多くの議員は議会で取り上げたいと思いつつ、「実のない」答弁が予想されるから、取り上げないだけに過ぎません。30分という貴重な質問時間を、無駄にさせることで、「通り過ぎれば、それでよし」とでも思っているなら、首長失格です。

 

 

 

 



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