市立病院にて

愛のりタクシーに先行して市立病院に到着し、皆さんを待っていました。しばらくして、いくつかの停留所を経由したため遅れてタクシーが到着。


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市立病院の一番奥にある食堂へ。


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カツ丼とミニラーメンのセットで昼食を摂りました。和やかに話していると、参加いただいた方から、こんなお話しを聞かせてもらいました。娘が甲良町に住んでいるので、甲良線の愛のりタクシーができてとても便利になります。更に、文化プラザやビバシティ彦根へも簡単に行けるので、とても嬉しいです、と。

また、百朗会(老人会)では、西明寺へも行けるので、この愛のりタクシーで訪問しよう、と話されました。

ようやく公共交通機関といえる愛のりタクシーができたことで、皆さんの行動範囲が広がっていくように思えます。

昼食の後、「くすのきセンター」へ移動し、内部を見学させていただきました。


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帰りも愛のりタクシーに乗車。こちらも予定より早くに到着してくださいました。


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お花見にはちょっと早くて、まだまだ蕾でしたが、あと暫くもすれば、桜とともに芝桜も満開になることでしょう。

高齢者の方はどうしても外に出ることが億劫になりがちですが、愛のりタクシーを活用して、是非とも行動範囲を広げていただきたいものです。

今回の路線誘致にあたっては、足かけ3年の歳月を必要としましたが、自治会の皆さんの熱意と交通対策課の職員の方々のご苦労て路線開設が実現したものです。

着実に利用を促進していきたいと思います。


祝 愛のりタクシー路線開設

4月1日。いよいよ千鳥ヶ丘に愛のりタクシーの路線が開設されました。

千鳥ヶ丘より前の停留所では予約がなかったとのことで、定刻より20分程度前にタクシーが到着しました。

運転手さんはおもむろにステッカーをトランクから出して、後部座席のドアに貼り付けておられました。


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予定をしていた人数よりも多かったので、私は自分の車で病院へ直行。

自治会の5人で病院の食堂で昼食を食べ、くすのきセンター(特に平田町から移転した休日急病診療所)を見学いたしました。


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千鳥ヶ丘から病院へ入院されている人の付き添いに毎日ほど通っておられるご家族もおられます。愛のりタクシーで少しでも安く付き添いに行くことができるようになれば財布にも優しいことになります。

運転手さんに聞いたところ、愛のりタクシーは路線バスと同じ扱いなので、予約がなくても指定された停留所を経由しなければならないということでした。これでは燃料も無駄ですし、時間も無駄になります。国土交通省(陸運局かな)にも一考していただく必要があると思います。何のための予約なのでしょう。


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定刻に出発し、一路市立病院へ途中の停留所を経由して到着しました。


愛のりタクシー出前講座

3月29日。自治会総会の前に開かれたのが「愛のりタクシー」の出前講座です。

足かけ3年をかけて隣接する元岡町・沼波町自治会と共同で誘致運動をした「愛のりタクシー」路線延長が、4月1日に現実のものとなり、甲良線の路線が3ヶ町に延長されるのです。


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この運動には、老人会である「百朗会」の協力もありました。また、3ヶ町合同で開催した出前講座では地元民生委員の協力を得て、高齢者を対象としたアンケートも自治会が実施されました。

アンケートではある意味新しい発見もありました。元岡町や沼波町は古くからある城下町の外縁にある地域ですから、子どもたちも近隣に住まいをしているようで、普段から子どもが高齢者の送迎を担当していることや、あるいは少し元気な方たちは、銀座まで自転車で行って、そこから路線バスで市立病院に行き、帰りには銀座商店街で買い物をして帰るという行動パターンも見受けられました。

千鳥ヶ丘は今から55年前にできた彦根市最初の住宅団地で、他の地域から移住してきた世帯が多く、子どもたちも遠くで暮らすなど、隣接自治会とは趣を異にしていることも分かりました。

アンケートでは路線が開設したらどの程度利用する予定かという設問もありましたが、ある程度の利用が見込める結果も出ました。

そういった中、やはり利用方法が分かりにくいこともあり、その説明のための出前講座の開催となったわけです。

一方、「愛のりタクシー」に限らず、公共交通機関の利用という点では、高齢者が原因となる交通事故の撲滅にも効果があります。最近しばしば報道される高速道路の逆送や、視野の狭窄による交通事故、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故など、重大な事故がこれから益々増えることを考えたとき、その代替手段としての公共交通手段の確保は必要不可欠なものといえるでしょう。

今後、「日本一の福祉」を考えるのであれば、この「愛のりタクシー」の路線網の再検討と同時に、乗り継ぎも考慮した広範な議論が必要になるのではないかと考えています。

地方都市の中には、JR駅とは別の場所にバスターミナルが設置されているところも多く見受けられます。そういう都市形態であればそのバスターミナルをひとつのトランジット拠点として利用し、路線バスのない地域からの愛のりタクシーがそこへ立ち寄り、そこから長距離バス・路線バスに乗り換え、あるいは他の路線の愛のりタクシーに乗り換えられるように考える必要があるのではないかと考えます。

先日のNHKニュース(28日朝7時)で高齢者などの買い物弱者についての特集がありましたが、高齢者にとっての500メートルの移動はかなりの距離であるという説明がありました。それ以下の移動で他の地域への移動が可能になる手段の確保によって高齢者の生き甲斐も増すものと思います。

こういった広範な議論をする必要があると考えます。


 

かまどベンチの屋根

3月3日。平成26年3月定例会の初日です。

今回の議会には、当然ですが平成26年度当初予算案が上程されています。また平成25年度の補正予算案も上程されています。

同時に長らく上程されなかった副市長人事案も上程されました。前市長の途中で前の副市長が退任され、副市長不在が続いていました。

午前中の提案説明が済んで、自宅に戻りましたら、千鳥ヶ丘会館の前にありますかまどベンチに屋根が設置されていました。まだ、庇のつっかい棒は立っていますが、これで「愛のりタクシー」待合所のためのかまどベンチの屋根工事が完了いたしました。3日ほどはコンクリートが固まるまでつっかい棒を残しておかなければなりませんが...。


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以前から何度も書いてきましたが、私たちの自治会は昭和33年に自治会が設立されて55年となりました。当時若かった皆さんも高齢になられ、ご自分で車に乗れない方は子どもたちに乗せてもらうか、歩いて買い物に行く、あるいは病院へはタクシーで通っておられます。

また、80歳を過ぎてもご自分で車を運転して用を足しておられるのです。

しかし、子どもたちの多くは市外へ、県外へと出ておられて、なかなか思うに任せられないのが現実です。そこで、千鳥ヶ丘自治会は隣接する元岡町自治会・沼波町自治会と共同で「愛のりタクシー」の路線誘致運動を行い、4月1日から甲良線の路線が延長されることになりました。

このかまどベンチは一昨年の夏に自治会の有志で設置したもので、地蔵盆や文化祭などで活躍してくれていたものです。ちょうどベンチとしても利用しているものですから、「愛のりタクシー」を待つのにも便利だということで、このベンチに屋根を設置して、雨の日でも傘をささずに待てるようにしたものです。


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いよいよ、あと1ヶ月で「愛のりタクシー」が来るわけですが、29日の自治会総会の前に交通対策課から出前講座に来ていただき、「愛のりタクシー」の利用の方法や高齢者の交通事故についてなど、お話しをしていただく予定です。

今後、多くの自治会で高齢者が増加して交通弱者への対応が必要になる地域は増えてくると思われます。「愛のりタクシー」の将来が不明な部分はありますが、「日本一の福祉モデル都市」を標榜するのであれば、この施策はしばらくは続くものと思います。

自治会の皆さんがご利用いただくことで「愛のりタクシー」がいつまでも千鳥ヶ丘に根付いていけるように願っています。


千鳥ヶ丘会館開館25周年記念イベント

12月7日。千鳥ヶ丘会館が完成・開館して25周年の記念イベントが開催されました。


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西堀奎輔実行委員会副委員長の司会進行で始まりました。物故者への黙祷のあと、北川勇一実行委員長の開会の挨拶がありました。


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第7回健康講座として彦根市立病院の金子隆昭院長から「彦根市立病院の救急医療体制」と題した講演をいただきました。


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彦根市立病院は全国でも稀な99%以上の救急車受け入れを実施しています。かつて救急車のたらい回しという不幸な時代が全国的にありました。医師不足という現実の中で、救急患者を受け入れられないことがあることも理解できます。しかし、人の命というのはいつその終焉を迎えるかは分かりません。事務所のお客さまで先日も町中でお見かけした方が突然お亡くなりになったということを聞きました。元気に歩いておられた姿をしばしば見かけていたことから、俄には信じられませんでした。もちろん、お歳も相当に召されておられましたが、突然のことで本当に驚きました。

金子先生は脳外科がご専門で、その方面から救急医療分野の現在についてお話しいただきました。救急においては「A」「B」「C」と3つの頭文字で傷病者の状況を判断するのだということでした。

「A」はAirWay(気道確保)、「B」はBreething(人工呼吸)、「C」はCirculation(心臓マッサージ)のそれぞれを施す必要があるのかどうかで判断するのだということでした。

また、救急の場合には蘇生が第一ですから、傷病者の状態によっては受け入れた順番とは別に緊急性の有無によって治療を施すことになるのだということでした。

また、そのような緊急性のある傷病者であるが故に、不要不急の救急車の使用は控えてほしいということでした。

救急車は1回出動すると約5万円の経費がかかっているという説明もいただきました。人件費や治療に必要な備品なども含めたものですが、それだけの経費がかかっているのだというのです。


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ただし、脳卒中と言われる症状のときには、4.5時間以内に施術をすれば劇的に回復する方法もあるので、そういうときには憚らずに救急車を呼ぶ必要があるともお聞きしました。

その判断は素人では難しいものですが、やはり命の大切さを考えたとき、重篤な後遺症が残らないようにしたいものです。


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約1時間余りの講演の後、私からみなさんに「かかりつけ医」の重要性を再認識していただくためにも、病診連携を含めた質問をさせていただきました。先生からは、かかりつけ医からの紹介状があると、不必要な検査をしなくても済むこともご説明いただき、ご理解いただけたのではないかと思います。

他にも、ご主人が救急で搬送される時に、千鳥ヶ丘自治会で配布している「安心の救急カード」を持参したところ、救急隊員も病院も症状の予測をつけてもらえたのが幸いしたとのご報告もいただきました。「安心の救急カード」が地元で活用されたことにお役に立ててよかったと実感いたしました。

続いて、現在編集が進んでいます「25周年記念誌」の位置づけがある「千鳥ヶ丘風土記」を元にして、中山實記念誌部会長から、「千鳥ヶ丘の歴史」についてお話しいただきました。

昭和61年に刊行された「布浦風土記」に記されていた記事とは異なる事実も明らかになってきました。

今を生きる私たちは先人のご苦労を偲びながら、高齢地域であるこの町を、最期には「ここに住んでいてよかった」と感じて旅立てるようにしていく責務があると思っています。刊行される「千鳥ヶ丘風土記」の完成を心待ちにしたいと思っています。


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その後、自治会長から25周年記念事業として次の6つの事業についての進捗と今後の見通しの説明がありました。

1.資源ゴミ集積ステーションの充実
2.かまどベンチの設置・充実(愛のりタクシーの待合所)
3.「愛のりタクシー」の路線誘致
4.防犯灯のLEDへの全面切替
5.会館物置の整備
6.記念誌の発刊(自治会設立55周年・千鳥ヶ丘会館開館25周年)


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最後は毎年の文化祭恒例のビンゴゲーム大会で大団円を迎えました。

台風の影響で延期をして、準備が大変だったとは思いますが、今年度の自治会の役員・委員の皆さんのご努力で心に残るイベントを終えることができたと思っています。

まだまだ25周年記念事業は続くと、自治会長から報告がありましたが、共に手を携えることで、是非とも住民のために実現をしていただきたいと思います。


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千鳥ヶ丘会館開館25周年記念式典

去る7月20日に千鳥ヶ丘会館開館25周年記念事業実行委員会が6回目の会合を持たれて、10月26日に開催される記念式典の詳細が決定され、週末の役員会に提案され、承認されました。

事前告知のチラシは次のようなものです。近く全戸に配布される予定です。


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役員会での決定を受けて、正式に市長と議長への出席要請がされるそうですが、25年前には当時の井伊直愛市長も列席されて竣工式が行われたとの記録があり、是非とも千鳥ヶ丘自治会の福祉への対応の現場を市長に直接見聞きしていただきたいと思っています。

そして、目玉は第7回目となる健康講座です。今回は彦根市立病院の金子院長にお越しいただいて「彦根市立病院の救急医療体制」についてお話ししていただきます。

年度末には地域医療支援センターが彦根市立病院内に開設され、そこに休日急病診療所が併設されることになりますから、その利用方法についてもお話しいだたけるものと思っています。

「安心の救急カード」の全戸配布をしている自治会であり、高齢化した地域としての取り組みは、地蔵盆での防災教室とも相俟って、住民が安心して暮らせるまちづくりがより一層進むことを願っています。


地蔵盆の企画が提案されます

土曜日の千鳥ヶ丘自治会の役員会で地蔵盆と千鳥ヶ丘会館開館25周年記念式典についての協議が行われました。

地蔵盆は例年の行事ですが、今年は防災教室と人権研修とを併せて実施されるということです。

地蔵盆は滋賀と京都を中心として行われている行事ですが、子どもたちの少なくなったこの地域では夏休み最後の子どもたちのイベントとして行われています。子ども会は活動を停止していますが、自治会が代わって主体となって行われます。

ところが、今年の地蔵盆で行おうとしています「防災教室」を危機管理室の出前講座として自治会長が要請に行ったところ、当日は彦根市の防災訓練の日だということで、資料に基づいて自治会長からの説明になるとのことです。

彦根市、いや滋賀県は災害の少ないところではありますが、それでも彦根市役所は万一の災害に対応するために、中央町に仮庁舎を取得して、その4階に危機管理室が入っています。もと損害保険会社の建物だったものですから、耐震の面でも安心な建物で、その4階に防災対策室が設けられています。


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まるで官邸の危機管理室のように大きなテレビが備えられています。ふだんは部長会議がここで行われていて、無駄に部屋だけが置かれているわけではありません。

地蔵盆の午後からのイベントは人権研修です。50年前に公開された映画「青い山脈(主演・吉永小百合)」の中からパワハラやセクハラといった課題を見つけていただき、考える機会とされるようです。

この映画は彦根市で撮影された数少ない現代劇です。とは言っても50年も前のものですので、その当時の彦根市の風景と現在とを比較することも楽しみの一つにできると思います。


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彦根市は様々な映画のロケ地として時代劇を中心として使われています。このことについては6月定例会でもより一層の予算措置をしていただけるように要望いたしました。彦根へそれらの映画を見てお越しいただけるきっかけになれば経済活性化の一助になるものと思います。

自治会の小さな活動の中から、側面的に支援ができると素晴らしいことだと思います。

 

田の浦からの新鮮なメカブ

去る6月22日に宮城県南三陸町田の浦からお越し頂いた漁師さんたちから、お礼の品が届きました。

千鳥ヶ丘自治会から講師としてお話しいただたお礼を僅かですがさせていただいたお礼という意味で、お送りいただきました。


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早速に、自治会役員の皆さんに手分けしていただき、ご参加いただいた方々に配らせていただきました。

参加された方の中には、一度現地を見に行きたいものだ、との声も出てきましたが、年金生活者の多い当自治会では体力的にも厳しいのかな、具体的には話が進むところまではいかないのが現状です。

県立大学の学生の皆さんが支援に行かれるときも、今回、田の浦からの皆さんもレンタカーで12時間近くかけて行かれ、来られたのですが、高齢者には新幹線という方法しかないということになるのでしょう。

私自身も8月以降は会派や常任委員会の視察が入ってきます。日程的にも厳しいのですが、一度は訪問する必要があると思います。政治が動き、船もできて、ようやく生活の基礎が復興し始めたわけですから。

滋賀県立大学の学生の皆さんから頂いたこのご縁を単発のものにしてしまうのはもったいないことですから。


自治会活動が新聞記事に

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先日、宮城県南三陸町田の浦の漁師の方たちが千鳥ヶ丘会館に来られたことが近江同盟新聞の記事として掲載されました。


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記事のメインは午後からの「防災シンポジウム」でしたが、その脇に、でもしっかりと、過去の支援や防災に関する自治会の取り組みも紹介いただきました。

その他にも「かまどベンチ」の制作も書いていただけると、防災についての取り組みの一環としてよりよかったのにとは思いますが、あくまでも情報提供を真摯に受け止めていただいた近江同盟新聞の記者の方にお礼申し上げます。

自治会として、会長が交代しても続けるべき事業は続けるという考え方は必要だと思います。

それは行政においても同じことで、市長が、あるいは首相が替わったとしても、するべきことを続けることの大切さはとても重要だと思います。

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田の浦からの来訪

昨年の春から、滋賀県立大学の学生を通じて繋がりのある宮城県南三陸町田の浦の漁師の方たちが、滋賀県立大学の学生(田の浦ファンクラブ)の招きで彦根に来られるのに合わせて千鳥ヶ丘自治会にお越しになりました。

自治会から25名の方たちがお話しを聴きに来て下さいました。

震災当時のこと、避難生活、そして震災前の漁師のお話しなど、生のお話しを聞くことができました。


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漁師としての大きな仕事であるホタテ漁に3月13日から出かけようとしていた矢先だったそうです。

津波の恐ろしさは、私たちには想像ができませんが、今までにも津波を経験している漁師の方たちの想像を超える津波だったということに、とても大きな恐ろしさを感じ取ることができました。

私たちはテレビで津波の映像を直後から見ていましたが、2ヶ月ほど電気も水もない生活を強いられたことから、そのような映像を見たのは6月か7月になってからだったとのことでした。

水は高台にあった千葉さんのお宅の井戸を辛うじて使うことができたとのことでしたが、プラスチックのバケツに紐を括り付け、くみ上げるが日課だったそうです。しかし、プラスチックのバケツでは重みがないため、汲み上げるのにとても苦労をされたとのことでした。


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今まで経験した津波では、押し波の後に引き波があって、波が引くときに陸上にある様々な物を海にもっていっていたのが、今回の震災による津波は引き波がほとんどなくて、後ほどになって波が引くときには、また新たに寄せてくる波との間で大きな湾で両方の波でできる渦巻きが見て取れたそうです。

生活再建のためにと、滋賀県立大学の学生たちが900キロの道のりを訪ねてきて、流された田の浦の集会所や番屋を建ててくれて、とても大きな力になり、今では国や県の補助金(合計で6分の5の補助)を受けて漁船を造ることもできたとのことでした。


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最初は2年余りでは復興などということは不可能だろうと考えていたけれど、2年余りが経った今の状況を見たときに、ここまでのことができるとは予想できなかった、と仰いました。政治が担うべき部分がしっかりと手伝っているとの実感を得ました。


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ワカメは1年で出荷できるのですが、ホタテやホヤは出荷できるようになるまでに3年程度の時間が必要とのことで、この2年間はとても大変だったということでした。もちろん生産量も価格についても以前のようには持ち直しているわけではありませんが、それでも希望を忘れずに一生懸命に頑張っておられる気持ちが伝わりました。

持ってこられたワカメは20袋全部が売れました。僅かなことではありますが、支援ができたものと思います。

こうしてできた絆で、今後とも田の浦の皆さんとの交流が続くことを願っています。

それにしても、人智の及ばない自然の力の大きさを実感することができました。








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