予算常任委員会

9月23日は予算常任委員会が開催されました。

 

9月補正予算案の委員会審査です。

 

今年度の予算は、当初予算に引き続き、7回目の補正予算案です。

 

5月臨時会 補正予算(第1号) 専決処分承認 113.6億円

5月臨時会 補正予算(第2号) 審議 3.7億円

6月定例会 補正予算(第3号) 審議 4.5億円

6月定例会 補正予算(第4号) 審議 13.8億円

7月臨時会 補正予算(第5号) 専決処分承認 1.3億円

7月臨時会 補正予算(第6号) 審議 1.4億円

そして今回の

9月定例会 補正予算(第7号) 審議 1.6億円

です(1000万円未満は切り捨てて記載)。

 

これらの予算の中には、国からの補助金や委託金なども含まれていますから、全額が彦根市の持っている財源からの支出ではありませんが、約140億円(うち、特別定額給付金関係で113.6億円)にもなります。しかし、余裕のある財政運営ではありません。一般の家庭の貯金にあたる財政調整基金を取り崩して賄っているところもあります。特に、今年度は新型コロナウイルス感染症対策で、彦根市独自の支援策のために取り崩した額は、ほぼ14億円程度とのことでした。

 

そして、現市長就任当時に27.9億円、平成27年度決算では49.8億円あった財政調整基金が、今年度末の残高を13.6億円と見込んでいます。なお、この見込み額は、今後の議会で取崩をしないことが前提です。

 

緊急事態とはいえ、市長就任以来に積み上げてきた貯金が一気に減少して、ピーク時残高からすれば36億円以上を取り崩したことにより、今後の財政運営を心配することは普通の感覚ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 


業務委託・指定管理

「業務委託」「指定管理」や、あげくは「PFI」など、「民間活力の活用」という言葉が躍った時代がありました。

 

同級生が放課後児童クラブの担当をしていたことがありました。当時は、すべての放課後児童クラブが直営だったと記憶します。市内に17校の小学校があります。そのそれぞれに放課後児童クラブがあり、それぞれに主任指導員を配置して、人数に応じて指導員を確保する必要があります。しかも、児童の特性に応じて「加配」といって、指導員を上乗せして配置しなければならないケースもあります。

 

指導員も病気をしたり、急用ができて、「明日、休みます」ということも出てきます。その場合には、配置しなければならない指導員の補充が必要になります。すると、「休み」の予定だった指導員に連絡をとって、代わりに出て貰えないかどうかをお願いすることになります。もちろん、代わりの指導員についての労働時間との関係もありますから、補充自体は将棋の駒を手持ちの駒から持ってくるだけで済まないこともあるでしょう。

 

当時は、指導員の人件費の計算についても市役所側がしていましたから、17校に(規模の大小はありますが)15人の指導員(交代要員を含めれば、もっとだったかも知れませんが)がいたとして、250人程度の勤務時間の積み上げ、個別の指導員ごとの給与計算をしていたわけです。

 

しかし、途中から一部が民間委託に移行し、現在はすべてが民間に業務委託されています。そのことによって、指導員の確保も、給与計算からも、市役所側は解放されたことになります。

 

しかし、当時であっても個別の指導員の勤務時間の毎日の勤務状況は現場でなければ把握出来ませんから、日報作成までは各クラブの主任指導員などが処理をしていたことになります。ですから、すべてを民間委託したことによって市役所側の仕事の量がどれだけ減ったのかというのは、算出しづらいところではありました。

 

けれども、このような事務処理だけではなく、補充しなければならない指導員の確保など、精神的な負担を伴う仕事については、大きく解放されたことは間違いありません。

 

そうすると、それまでこれらの業務を担っていた職員はどのようになったのでしょう。同じように放課後児童クラブを担当する部署にいたとすれば、業務量は減ったはずですから、「何をするのか」、理事者側からすれば「何をさせるのか」を明確に指示しておく必要があります。

 

それは、それぞれのクラブの次年度以降の児童定員の見込みを計算したり、もっと言えば、業務委託先に対して、どのようなクラブ運営が児童たちにとって、あるいは保護者にとって最適なのかという建設的な構想づくりなどを指示しておくべきではないでしょうか。

 

今は、各クラブの運営については事業者任せです。コロナでの持続化給付金事業について国会で取り上げられたように、委託先の仕事の中身が見えていないとして、「丸投げ」の批判が相次いだことを思い出さざるを得ません。

 

その結果、直営だったときの関連経費と現在の関連経費とをしっかりと比較して、どれだけ経費が増加した(こまごまとした事務処理経費は上乗せされたとしても)のかを検証しなければ、費用が増加し、市役所側の軽くなった作業によって、建設的な事務作業(システムの構想策定などの部分)がどれだけ充実したのかなどは、計りきれない部分があるのですが、結果として経費増だけに陥ったということになっていないでしょうか。

 

彦根城の管理についても同様です。コロナで入城者数が極端に減少したことから、一定数の入城者数の数値目標を超えた場合に支払う必要のあった報奨金の支払いは免れるのでしょうが、管理業務についての議案において、現有の作業員などの他に城山管理事務所に駐在していた職員の人件費を加えた額も加算したときに、明確な経費削減効果があるとは認定できなかったのではないかと記憶します。

 

「民間活力導入」や「民間のノウハウの活用」など、言葉の上での美辞麗句だけで終わっていて、では余剰となった人員の部分が、本当に減少して、経費削減効果が発揮されたのかどうかにまで、正面から向き合った議論ができたのか、いまだに忸怩たる思いが残っています。

 

先日の本会議で、質問の方向性は違ったものの、外部委託や指定管理がどれだけあるのかという質問が中川議員からありました。かなりの部分で直営事業が減少していることが明らかになりました。

 

しかし、現実には、多くの現場の職員はそのまま業務委託や指定管理の先へ移籍して、同じ業務についているのが現実です。勤務形態(雇用形態・給与形態)の問題は措くとしても、結局、働く人たちにしてみれば、雇用主が替わって、いわゆる非正規雇用の枠組み自体が変わる訳ではありません。

 

一方、自治体の職員数は条例で上限が決められていることから、非正規職員(令和2年度からは会計年度任用職員と呼び方は変わり、一部手当が増加するなどの効果はありました)が増加する傾向であることは否めません。

 

「働き方改革」という呼び方で、更にはコロナの影響で、サテライト勤務と呼ぶように、折角本庁舎でワンストップサービスに持っていこうとしている方向性と違った形が整えられようとしています。

 

先日、大久保市長は「お待たせしない」ことが大切だと発言していましたが、サテライト勤務が増加することと、「お待たせしない」こととの整合性が取れているのでしょうか。

 

しかも、何かと言うと「コンサルタントや顧問の意見」と、本来なら「幹部職員が考えるべき部分」すらも外部に委ねてしまっているようにも感じます。

 

幹部職員が考えることを放棄してしまえば、「彦根の町を充分に(歴史的にも、経済的にも)知っている思考」が活かせなくなってしまいます。

 

業務委託や指定管理は基本的に複数年契約です。先々何年かは固定的に経費を先食いしてしまっていて、しかも終了年度が異なることから、財政状況を考えたときに、有効な改善策立案に支障を来す可能性を排除できません。

 

小さな政府か大きな政府かという問題だと思うのですが、限られた財源、限られた人材の中で、どのような進め方が最善かという建設的な議論が、今こそ求められているのではないでしょうか。

 

 

 

 


彦根市とマラリア

彦根市民会館の解体に関連して、外濠について書きましたが、その中に「彦根とマラリア」について少し触れました。

 

マラリアは、彦根市の風土病と呼ばれていました。インターネットで「彦根市 マラリア」で検索すると多くの論文や記事がたくさん見つかります。

 

マラリアは蚊が媒介する病気で、ウィキペディアにも、「1959年の彦根市の事例を最後に土着マラリアは消滅した」と「彦根市」が出てきます。「なぜ彦根市なの?」という疑問が湧きますが、実はその原因の一つが彦根城の外濠だったのです。

 

内濠や中濠は比較的美しい状態で維持されていたようですが、外濠は市民生活に直結する場所だったからか、生活の中で出てくる塵芥が投げ込まれたりして、悪臭も酷かったようです。

 

その結果、濠の幅が狭くなり、なおかつ、もとから人工の水路だったこともあって、水の淀みも激しかったようです。

 

そのような濠に蚊が生息し、その蚊がマラリアを媒介したとされています。

 

戦後、GHQの指令によってマラリア撲滅のため、外濠が埋め立てられたのです。

 

ということで、各種の文書が出ていますので、正しい情報はそちらで検索して下さい。

 

今にして思えば、大変に惜しいことだったと思います。しかし、健康という面ではマラリア撲滅が最大の使命だったのでしょうから、マラリアと同時に外濠が消滅してしまったということになります。

 

さて、そのような歴史的な経過を持つ彦根城ですが、60年前の事実とともに、400年前の人々の暮らしにも想いが馳せられるのであれば、歴史的な意味を持つために、少しでも外濠が復元できればよいのではないでしょうか。

 

 

 


個人質問への答弁(9月15日)

令和2年9月定例会での個人質問が終了しました。

 

発言開始(13:53)から、ちょうど1時間の14:53に終了しました。発言の制限時間(30分)を僅か数秒残しただけでした。

 

カタログチョイスの質問と職員の公益通報については想定どおりの答弁で順調に進みました。

 

さて、ここでは3項目めである市民会館解体について、少し書いてみたいと思います。

 

この日の登壇者では、3人が市民会館の解体について発言しました。最初に登壇しました谷口議員の質問の中で、私の答弁の呼び水となる答弁がありました。質問は、この敷地での法令上の質問でした。

 

建築基準法上の制限として、第一種中高層住居専用地域であること。従って、一定規模での飲食・物販の建物が認められることが明らかになりました。ところが、帰宅後に「彦根まっぷ」で都市計画について改めて調べましたところ、市民会館の敷地は、「都市機能誘導区域」に含まれていることが明らかになりました。

 

さて、このような前提のもと、矢吹議員から、駐車場にしてはどうかという提案がありました。私はこの発言通告書を見て、私なりの考えを少しだけ示しておかなければならないと思いましたので、考えの一端を発表しました。

 

まず、市民会館跡地については、確かに「市民会館」建設のために地権者である滋賀県護国神社から借り受けているものです。このことは、登記簿や、公文書公開請求で入手しました賃貸借契約書から明らかになっていました。ただし、鉄筋コンクリートの建物敷地ですから、本来、1年ごとの契約であることの意味を追及するつもりでした。土地の賃貸借契約は旧借地法が借地借家法に衣替えをして、貸主の権利が強くなったとされています。今回の解体工事でさえ、(議会の議決が必要ではあるものの)純粋な解体工事だけでも約1年弱の工期が必要になると見込まれています。賃貸借契約に「6ヶ月前の予告による」中途解約条項があるわけで、万一、貸主が契約期間中や(1年の)期間満了時に更新をしないと通告してきた場合のリスクを考えているのかどうかです。借主としての権利を盤石にするためには、6ヶ月という予告期間だろうかというものです。更には、堅固な建物の敷地についての契約期間は最低でも30年であるという民法上の規定との整合性について、明確な答弁が求められるものではないでしょうか。

 

契約についてのことを、それ以上に追及していては時間が足りなくなりますから、そこで終わりましたが、ただ単に「会計年度」に従ったというのは、問題意識が希薄であると言わざるを得ません。

 

次に、土地の返却の問題です。契約書上、市民会館がなくなれば土地の返却をすることは当然のことです。しかし、この土地が持つ歴史的な観点から、このような一団の土地が(彦根市の支配下で)なくなってしまうことで考えられるデメリットを想像できないのでしょうか。

 

確かに、一旦は土地の返却をする義務は生じます。しかし、並行して、この土地の持つ価値を考えたときに、どうすべきか(どう活用できるのか)を考えるべきなのは、まちづくりの基本的な方針を考えるべき行政の知恵の出しどころだと思うのです。地権者がまちづくりの観点で持ち出すアイデアと、行政が持ち出すアイデアとを比較したときに、どちらがイニシアティブを持つかによって、その後の運用における差が出てくることは明らかです。

 

いま、私は行政の持つべきイニシアティブをどのようにとるべきかという観点から、この記事を書いています。

 

このようなことは、本庁舎の増築工事が本決まりとなったときから考えておくべきことがらだったはずです。そのことをおざなりにして、漫然と解体工事をすることだけしか考えていなかったとすれば、まちづくりの司令塔が単視眼的であることの証左ではないでしょうか。

 

「市民会館を解体する」→「土地を返却する必要がある」→「でも、城下町という彦根の中で、この土地が持つポテンシャルとして、活用方法はないのだろうか」という考えが出てきて然るべきです。

 

「できないことを捜す」のではなく、「できる方法を見つけ出す」のが、夢のあるトップが発想すべきことだと思うのです。

 

市長は私の提案に対して、次のような「できない」理由を挙げました。

「武家屋敷を復元するための資料に乏しい」と。

 

私は歴史の専門家ではありませんし、建築家でもありません。しかし、彦根のまちを愛する気持ちは人後に劣らないと自負しています。

 

もしも、武家屋敷を復元できないというのであれば、彦根城博物館(表御殿)はどうして特別史跡内に鉄筋コンクリート造でできたのでしょう? そこには「熱意」があったからではないでしょうか。

 

市長が公約で「世界遺産登録」を掲げていました。

 

市長の答弁では、世界遺産の対象を極々限定して「特別史跡」内を対象にしているから、バッファゾーンである武家屋敷などがあった区域は「関係ない」かのように受け取れるものでした。それならばなぜ足軽組屋敷を多く、市の指定文化財に登録したのでしょう。

 

藩主がいて、家老がいて、そして中級武士、下級武士がいて、足軽、町人がいてこそ「城下町」が成り立っていたのではないでしょうか。江戸時代の統治機能が残されているというのであれば、その一部を示す中級武士の屋敷群が目の前に(現実に)存在することが、いかに来訪者に感銘を与えることでしょう。その屋敷が濠(外濠)の内側にあって、そこは町人の暮らす町とは土居によって明確に区分され、城内で一旦緩急あれば駆け足で城内に赴くという世界があれば、どれだけのリアリティを人の心に訴えられるでしょう。

 

文化財担当の職員の中に、「あそこに武家屋敷が復元できればよいのに」と思う人はいないのでしょうか? それでこそ、文化財を担当したいと願って市職員になった人であれば、200年以上前の彦根を復旧したいと思うのではないでしょうか。そのことが「できる方法」を探し出すことも大きな仕事だと思うのです。それこそが「やりがいのある仕事」ではないでしょうか。私はその目を摘んでしまいたくないのです。

 

次の図はそのための宝の入口へ誘う走り書きです。

 

 

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数日後から、彦根市HPの市議会>映像配信(現在は本庁舎工事中のため音声のみ)でお聞き下さい。

 

 

 

 

 


市民会館敷地は、江戸時代はどのような土地だったのか?

9月15日の定例会には、市民会館解体に関する質問をする議員が3人(1番目の谷口議員、2番目の矢吹議員、そして4番目の私)続けて登壇します。

 

城下町を構成するのは、当然に城(天守や様々な櫓)であり、その城を守る濠であり、そして統治機能の要であった武士たちの住まいでした。もちろん、藩校(建物は別の場所に移築されていますが)の跡地も確認されていますし、御殿(政庁)も復元されています。

 

そのことを評して、昨年10月9日の朝日新聞には、そのような城下町の構成を最もよく残しているのが彦根城だとしています。

 

彦根市の指定文化財にはいくつもの足軽組屋敷が指定されています。考えると、中級武士たちと違って、足軽は日々の暮らしは自立せざるを得なくて、版籍奉還にあたって住まいが安堵された後もその場所で暮らし続けたのではないでしょうか。その結果、今日まで足軽屋敷が幾つも現存するのだと思います。素人の聞きかじりではなく、文化財担当の皆さんはしっかりと調査されているものと思います。

 

一方、中級武士の一部については藩政時代の屋敷名が明治初年の土地台帳に残っているものの、その多くが畑として登録され、藩政時代の屋敷とは形状も名前も違うことから、人手に渡り、建物が取り壊されたのではないかと考えられます。

 

もう一つ重要なことは、戦後のマラリア撲滅のために外濠のほとんどが埋め立てられたという事実です。GHQの指令によって、彦根の風土病とも言われたマラリアの発生源として環境が悪かった外濠を埋めたことです。市民会館前の県道敷はすべて外濠だったのです。

 

そして、辛うじて護国神社前にわずかに空堀として外濠の一部が残っていますが、これにも「土居」と呼ばれる土手が付属していたのです。その痕跡は、別の外濠跡でも見ることができます。

 

 

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古図によれば土居の幅員は5.5間(約10m)とされていますから、ある程度の高さもあったのでしょう。

 

このようにして、歴史を踏まえた議論をすべきだと思います。

 

 


事前の調査

議会での質問に、事前の調査はとても大切です。

 

9月定例会では、正副議長・監査委員を除く21人が登壇します。20年くらい前は、定例会での質問は「代表質問」だけで、「個人質問」はほどんどなかったと聞いています。しかし、現在ではほぼ全員が登壇して、質疑や一般質問をします。

 

一般質問は、定例会ごとに事前に準備をすることができます。普段から疑問を感じていることがあれば、3ヶ月をかけて準備ができるからです。

 

しかし、質疑や提案された議案に関連する質問の場合は、およそ半月弱で準備をしなければなりませんから、それなりに大変です。

 

事実関係を調査し、これまでの議会などで発言された理事者側の答弁との整合性の確認も必要ですし、資料の調査には時間を要します。

 

9月定例会では、私を含めて3人が市民会館解体(取壊しにための調査費用が予算計上された)に関連する質問をします。

 

 

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記憶や聞きかじった噂などを元にしたり、自分勝手な解釈で質問をすると、話が前に進まなくなってしまいます。そこで必要なことは、公文書公開制度に基づく情報公開請求であり、市が発行している書籍や日常公開されている情報などを如何に手早く調査するかにかかっています。

 

ですから、私の場合には、1つの質問で100ページ以上の資料を集め、分析することもあります。しかも、発言通告書を出すまでに調査・分析を済まさなければなりませんから、議案配布後は慌ただしいことになります。

 

そこで、以前に調べた江戸時代の人口調査の表をご覧下さい。出典を記録しておかなかったのと、町の人口調査の範囲が各調査年代ごとに同一であるのかも失念しています。この記事を書いている途中で、もしかしたらウィキペディアの中から探し出したのかも知れないと思い出しました。

 

いずれにしても、彦根の人口の推移を知ることの手がかりになります。

 

最初の表は、1650年前後の全国上位30の町のものです。

 

それを見ると全国11番目の都市規模だったと言えます。

 

2番目の表は、1873年前後の全国上位37の町のものです。223年の経過で、一気に37番目に陥落しました。

 

 

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当然に理解できることは、彦根藩が誕生して直後の1650年にはとても勢いのある町だったということです。そして、1860年の桜田門外の変で辛うじて取り潰しだけは免れたものの減封されたことによって、武士も職を失ったり、商家も減少したりして、一気に13,000人余りの人口が減少(1650年と比べて、約3分の1の減少)したことが分かります。

 

そのことによって、例えば松江には今日に至るまで江戸時代から続く商家(茶文化関連)が多く残っていることと対比されることもあります。

 

そのような歴史的事実の上に、今回上程された市民会館解体問題がどのように関係するのかということですが、その事情は次のとおりです。

 

彦根市は25年以上にわたって、国宝彦根城の世界遺産登録を推進しています。市長が代わっても、副市長が替わっても、その方針は継続し、大久保市長も世界遺産登録を3年前の公約にも掲げ、今年5月にはHPに次のように記しています。

 

彦根市は、滋賀県とともに、彦根城の世界遺産登録に必要な推薦書原案を、令和2年(2020年)3月31日に、文化庁に提出しました。

推薦書原案は、世界遺産としての価値とそれを保護・管理するための計画を記載した文書で、地方自治体が作成します。世界遺産としての推薦が決まると、この原案をもとに国が推薦書を作成し、ユネスコに提出します。

このたび提出した推薦書原案は、文化庁の文化審議会において審議される予定です。
彦根市と滋賀県は、令和4年(2022年)度の国内推薦、令和6年(2024年)度の世界遺産登録をめざしています。

 

その一環として現在も残っている足軽屋敷が数多く市の指定文化財に指定されてきました。

 

しかし、残念ながら、「武家屋敷」といわれる中級以上の武家屋敷はほとんど残っていません(と思います)。なぜ武家屋敷が残っていないのかと疑問に思っていましたが、今回の議案を審議するにあたり、更に調査を進め、過去の土地台帳、古図、御城下惣絵図、新修彦根市史に掲載されている城下町関連の図版などを対象としました。

 

 

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すると、市民会館の敷地は中級武士の屋敷が建っていて、敷地内にまるまる4棟の武家屋敷の敷地が含まれ(他にも一部の武家屋敷敷地も含まれる)、その敷地を貫通する道路は現在のその延長がしっかりと残っていることが分かりました。

 

しかも、幕末に人口減少でここに住んでいた武士が退去して、一時期は多くが「畑」になっていたことを土地台帳から確認することができました。

 

更に、新修彦根市史(第10巻)には、そのうちの1棟の間取り図も掲載されています。そうであるなら、他の屋敷の調査もできているのかも知れません。

 

城郭内にも家老級の屋敷もありますが、そちらの調査がどれほど進んでいるのか、興味が尽きません。

 

城下町は大名を筆頭とした階級社会であり、大名ひとりが城下町を支配したのではありません。それぞれの武士が役割に応じて屋敷を構え、それぞれの立場で、飢饉などで領民の困窮時には徳政令を出したり、藩米を配ったりしたわけですから、まさに今のコロナ禍と同じようなことだったのではないでしょうか。

 

このような時代背景を考えたとき、城下町を目指して訪れて下さる観光客にも、彦根城を町の誇りだと考える市民にも、ここ(市民会館敷地)に武家屋敷が存在し、そこでの暮らしがあり、職住接近した好位置がこの場所だったことを残し(復元)ておくことの意味は大きいと考えるのです。

 

更には、戦後、彦根の風土病とも言われた「マラリア」撲滅のために大規模に埋め立てられた外濠の跡の一部が「空堀」として再現されていますが、御城下惣絵図によれば、「土居(幅5間半)」があって現在の県道彦根港彦根停車場線が外濠であったわけで、既にある空堀と土居の整理も必要になるでしょう。

 

 

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ましてや、城内の駐車場を全廃する考えが示されているわけですから、この場所は地理的には城外とはいえ、地政学からすれば、「城内」と扱うべきで、その方向性との関係にも留意すべきでしょう。

 

観光という面から考えれば、「点」ではなく、「面」での展開が必須です。

 

もしも、この場所にゾーンとして武家屋敷群が復元されるならば、(現在の)市民会館から旧池田屋敷長屋門〜埋木舎〜佐和口多聞櫓(開国記念館)〜内濠という回遊コースが設定できます。

 

 

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考え方は、以前に訪れました萩市の「まちじゅう博物館」にも似ています。

 

これだけの企画の実現には並大抵の努力がなければ出来ないかも知れませんが、「できる方法」を探しつつ、真剣に検討すべき問題だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


令和2年9月定例会個人質問

9月15日に始まります令和2年9月定例会代表質問・個人質問に、次のとおりの発言通告書を提出しました。

 

大項目1 「みんなで応援! ひこねカタログチョイス事業」の問題点は何か
 中項目1 「みんなで応援! ひこねカタログチョイス事業」の問題点は何か
  細項目1 カタログチョイス事業の目的は何か

  細項目2 市内の飲食店・物販小売店は何店舗あるのか
  細項目3 商工会議所・観光協会・商店街組合に加入していない事業者は何店舗か
  細項目4 300店舗を掲載するとの答弁であったが、300店舗の理由は
  細項目5 カタログに174店舗しか掲載されなかった原因をどう分析しているのか
  細項目6 カタログチョイス事業への参加店舗募集期間が1週間で足りると考えたのか

  細項目7 今後の対策は

 

大項目2 「彦根市職員等の内部通報に関する要綱」について
 中項目1 要項第5条第3項について
  細項目1 要項第5条第3項の弁護士窓口はどこか
  細項目2 職員全体に弁護士窓口をどのような方法で告知しているか
  細項目3 告知は継続的に行われているのか

  細項目4 業務委託契約書は存在するのか
  細項目5 業務委託契約における固定的報酬はいくらか
  細項目6 費用は、どの勘定科目から支出されているのか
 中項目2 要項第5条第4項について
  細項目1 要項第5条第4項は、なぜ「および」なのか
 中項目3 要項第6条第11項について
  細項目1 要項第6条第11項の「(弁護士となる資格を有する者を含む。)」とは何か

大項目3 議案第97号について
 中項目1 市民会館敷地の契約・市民会館の取り壊しについてについて
  細項目1 護国神社との賃貸借契約はいつ締結されたのか
  細項目2 賃貸借の目的は何か

  細項目3 「護国神社との話し合いはしていない」という報道は事実か
  細項目4 取壊し工事の完了時期をいつと想定しているのか
 中項目2 市民会館用地の活用について
  細項目1 土地返却を予定しているのか
  細項目2 どこで土地返却を検討したのか
  細項目3 江戸時代、この土地に居住していたはどのような人であったのか
  細項目4 彦根市の登録文化財(重文・県・市)で武家屋敷(長屋門・庭園のみを除く)と足軽屋敷はそれぞれどれだけあるのか
  細項目5 世界遺産登録に家臣の屋敷の存在は重要ではないか
  細項目6 「土地返却」の方針は撤回すべきではないか

 

なお、代表質問・個人質問の登壇順は次のとおりです。(敬称略)

代表質問

 公政会(杉原)・夢みらい(森田)

個人質問

 …甑・谷口・L霓瓠Νぞ綽・ツ圈ΝΤ儖罅Ν北川・┛貌・赤井・森野・堀口・黒澤・獅山・小川(蓮法Ν中川・鮎川(吉)・叡飜遏Ν嫁肋譟Ν確

 

従って、私の登壇時間は2日目(15日)の昼前後になりそうです。

 

 

 

 


安定ヨウ素剤について

東日本大震災から来年3月で10年になります。

 

東日本大震災の東京電力原発放射能漏れ事故をきっかけに、安定ヨウ素剤の服用が論議されたことがありました。しかし、10年にもなると、人々は忘れ去ってしまい、安定ヨウ素剤という言葉も話しにのぼることがなくなってきました。

 

しかし、滋賀県の北隣、福井県には4つの原子力発電所が立地しています。そして冬に吹く風は北西の風です。

 

原子力規制委員会の認定を受けなければ稼働できないことにはなっています。

 

認定を受けているといっても、想定以上の地震が発生したときに発電所の耐震性能を超えることも考えられますから、「絶対の安心」ということは誰も保証できません。

 

そのような事態になったときに安定ヨウ素剤を服用することで小さな子どもたちを甲状腺がんから守ることができる可能性が高まります。

 

彦根市では彦根市立病院に保管をしていますが、果たしてそれを2時間以内にすべての小学校に配布

し終えることができるのでしょうか。

 

このような疑問から、彦根市議会に対して市民団体の方々から、請願書が提出されました。

 

安定ヨウ素剤はその服用の効果を発揮させるためには、迅速な服用が求められます。乳幼児については丸薬での投与は困難ですから、難しい問題もありますが、小学生や中学生については丸薬での投与は容易であり、最も手近な場所に保管することが効率的です。

 

今回の請願は、このことを求めるものであって、先日、市長にも要請が行われ、請願書を提出する旨も告げられたようです。

 

他にも、近隣町にも請願書が出されるようです。

 

この原稿を書いている中、この請願に関わる人たちから、8月25日に大久保市長に要請された際のやりとりが請願関係者に配布されました。

 

ここでは敢えて書きませんが、

「(学校に配備しても)日曜日に誰もいないときにどうする」

「(事故は)いつ起こるかわからない。学校施設に配備しても日曜日や夜間なら人がいない」

などと検討しない雰囲気の回答をし、最後に

「たくさん課題がありますので...」。

 

一体、市民の希望を聞こうとすらせず、「できない理由探し」に終始したような雰囲気です。

 

この運動には、元米原町や愛荘町長を歴任された村西俊雄さんも参画されています。そして多賀町では副町長は対応され、どのように対処すべきかと悩んでいる中での請願に対して、前向きな回答があったようです。

 

この丸薬の価格は1錠6円程度です。11万人に3錠(高齢者には甲状腺がんのリスクは少ないため、人口の3分の1程度でも済むように書いてある文献もあります。)としても132万円です。

 

これまで大久保市長が税金から使ってきた(少なくとも37億円の財政調整基金を使い続けてきました)金額からすれば、0.1%にもならない額です。しかも、市立病院からの配布が混乱して配れずに、多くの小学生が甲状腺がんの危険にさらすことを考えれば、考える必要もない金額ではないでしょうか。

 

課題の先送りが多かったこれまでの行動を考え直して、積極的な行動を求めたいと強く思います。

 

 

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「YouTubeによる議会報告会」が開かれます

政治家が「自らの言葉」で国民・市民に語ることが如何に大切であるのかということを考えてみました。

 

2ヶ月余り、記者会見をしてこなかった総理が記者会見を行い、発したのは「退陣表明」でした。

 

9月3日に実施します「YouTubeによる議会報告会」のリハーサルを行っていました8月28日午後に国内の政治状況が大きく動いていました。

 

市議会広聴委員会委員長をお預かりしていますが、新型コロナウイルス感染症蔓延の状況に鑑み、これまで「カタリバ」として市民の皆さまにお集まりいただいて実施してきました議会報告会を、今年度はYouTubeを利用して行うことにいたしました。https://www.city.hikone.lg.jp/shisei/gikai/7/14119.html

 

今回の報告会は、広聴委員会委員が担当を分けて、彦根市のコロナ対策事業を、議会本会議での議論も踏まえた上で説明させていただくという形式です。

 

世の中の流れがオンラインに移行していくことには、それなりの意味はあると思いますが、11万市民のための施策決定のプロセスである議会本会議や委員会というものは、それなりに必要なものだと思います。

 

一部では、「オンラインでの審議」という声もあるようですが、もちろん地方自治法や議会諸規則との関係から、色々とハードルがあるとともに、目の前で議論をし、そのときの理事者・議員の雰囲気というものは、長年の経験からとても重要であると思っています。

 

ある定例会での緊迫したやりとりを会議録で読み返しても、会議録では「発言する者あり」とだけ記されている無機質な記録が、映像があることによって不規則発言も蘇ってきます。

 

議員は過去の記録を反芻して議会での質問の準備もいたしますし、その時々の理事者側の答弁の状況も思い起こす必要があるのです。

 

議員は、様々な資料を調査し、その具体的な数字や状況を検討した上で質問をするわけで、理事者側においても「雰囲気」だけの答弁ではなく、「具体的な説明」として数字や資料に基づいた説明が求められるものです。

 

例えば、岐阜県飛驒市HPでは、財政のページに「飛驒市にとって必要な財政調整基金の規模」を説明しています。https://www.city.hida.gifu.jp/soshiki/4/6818.html

 

このようにして具体的な説明があってはじめて市民は「安心」を得ることができるのです。もちろん、その金額(規模)が妥当であるかどうかは市民や議会が判断すべきですが、そのような具体的な説明がなくて、「国や県が標準的規模としている金額」以上を積み立てているというような抽象的な説明であっては、「市民が安心して暮らせる町」としての市長の責任を果たせるのかどうかは疑問でしかありません。

 

因みに、飛驒市では年間予算規模(令和2年度一般会計当初予算総額は177億円)に対して、63億円(平成30年度末)積み立てられています。何と、年間予算の35.6%もの金額です。彦根市で言えば、令和2年度一般会計当初予算総額(483億円)を基準とすれば、約172億円です。

 

大久保市長就任1年目の平成25年度末の財政調整基金の残高は39億円、翌年度末には約50億円もの残高がありましたが、令和2年7月現在では13.6億円にまで減少しています。飛驒市の基本的スタンスからすれば、10分の1にも満たない額です。

 

このような具体的な説明が、市長には求められるはずです。

 

安倍総理の退陣会見においても、抽象的かつ心情に訴えるような言葉の羅列でしかありませんでした。これでは国民の心に届くはずはなく、国民は退陣やむなしという感想しか抱かないはずです。

 

政治家には結果責任が求められます。「夢を語る」のは選挙の時だけにすべきで、当選した瞬間から具体的な行動が求められます。

 

現職が再び立候補するのであれば、語った夢をどれだけ実現したのかという検証が必要だと強く感じた1日でした。

 

 

 

 

 

 


令和2年6月定例会追加議案質疑 発言通告書

6月22日に最終日を迎えます令和2年6月定例会ですが、最終日に上程されます追加議案についての発言通告書を提出しました。

 

提出したのは6名。

 

登壇順は次のとおりです。(敬称略)

1.小川吉則

2.谷口典

3.伊藤容子

4.辻真理子

5.獅山向洋

6.林利幸

 

私の通告内容は次のとおりです。

 

大項目1 議案第71号について
 中項目1 彦根市新型コロナウイルス感染症対策支援基金の設置、管理および処分に関する条例(案)について
  細項目1 条例の目的は

  細項目2 恒久的な感染症対策として、失効期限を定めないほうがよいのではないか
大項目2 議案第67号について
 中項目1 中小小売商業対策事業について
  細項目1 なぜ、対象の異なる事業が一括りで提案されたのか
  細項目2 財源とその対象事業の説明を求める

  細項目3 「取りまとめ・発注等業務委託料(2億3,090万円)」の内訳とその対象となる事業者はどれだけか
  細項目4 「通信運搬費(1,122万7千円)」は何についての経費か

  細項目5 「新型コロナウイルス感染症対策特別支援金」の対象となる市民は

  細項目6 いつ配布を行う予定か

  細項目7 配布をする手段は何か
  細項目8 「みんなで応援!ひこねカタログチョイス事業」に参加する事業所は何社なのか
  細項目9 システム改修費用はどのようなものか
  細項目10 カタログではなく商品券に変更することは考えなかったのか

 

 



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