菅内閣の本質

2012年に菅総理が単行本「政治家の覚悟(副題は「官僚を動かせ」)」を刊行していました。時は東日本大震災(2011年3月11日)の直後。自民党が野党時代のことでした。その単行本の中に「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」と記してあったそうです。東京電力福島第一原子力発電所のメルトダウンの際に、政府内部などの各種議事録が残されていなかったことなどを取り上げたのでしょう。時の総理は菅直人氏で、官房長官は枝野幸男氏(現在の立憲民主党代表)でした。

 

野党は「批判ばかりして、建設的な議論をしない」と批判していますが、自民党の野党時代も同じではないでしょうか。

 

そして、今回、単行本を新書版に模様替えをして「政治家の覚悟(副題は「国民の『当たり前』を私が実現する」)」と改題して刊行したのです。

 

ところが、単行本で「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」と書いていた章そのものを削除していたというのです。

 

つまり、「『記録を残すこと』はしません」と宣言したようなものです。まさに、安倍政権の「継承」そのものです。

 

かつて、村木厚労省事務次官(事件当時、援護局障害保険福祉部企画課長)が不当逮捕された事件がありました。大阪地検の担当検事がフロッピーを改ざんして証拠として起訴した事件です。結局は、フロッピーに格納されていた文書の作成日付(コンピュータにはタイムスタンプがあって、「いつ作成されたのか」とか、「いつ修正されたのか」という記録が残っていて、「元に戻す」という指示を出したときに、直前の動作が何であったのかを記録しているのです)に起訴事実と整合性が取れなかったことが決め手となって、担当検事の改ざんが明らかになったのです。

 

今、日本学術会議の委員の任命について「法解釈に変更がある」とか「ない」と言っていますが、その文書が残してあるから、とでも言いたいのでしょうが、その文書の作成日付が本当にその日付に作成されたものであるのかどうかを確認した人はいないのではないでしょうか。このようなことは、コンピュータに詳しい人なら、容易に想像できるのでしょうが、そのことに言及する議員も技術者も出てきていません。「紙」として出された物しか見ていないのではないかと思ってしまいます。私のような機械音痴であっても、技術者から聞いた話を覚えているのです。人間に便利な道具というものは、牙を内在していて、いつその牙を剥いてくるかも知れないのです。

 

河井案里参議院議員の選挙違反事件でも、河井元法相が買収者リストを徹底的に削除するように指示をして、その実行者を取り調べた際の供述調書が明らかになり、その供述に基づいて削除されたはずのリストが復元できたことが分かっています。

 

議員は本会議や委員会・ヒアリングなどでのやりとりに一生懸命になりますが、「いつ」「どの機械で」「誰が」がその文書を作成し、修正したのかという「原理原則」に立ち返って、追及すべきだと思います。

 

さて、「記録は残さない」と宣言したような総理は、国民受けのする携帯電話料金や印鑑レスなど、枝葉末節の施策を推し進めようとしていますが、これこそ大衆迎合の極みであって、9月16日の総理就任会見での「今取り組むべき最優先の課題は新型コロナウイルスの対策です」というのは、どこへ行ったのでしょう。

 

臨時国会での所信表明すらしていない中で、各論ばかりが先行している状況は、「国家観」のなさを露呈しているとしか思えません。アメリカ大統領選の勝者の見込みが見えるまで、臨時国会を先送りしたようにも見えます。我が国がアメリカの方向性に左右されるかの如くいるのであれば、もはや独立国家を放棄したに等しいのではないかと思えてなりません。

 

 

 

 

 


「GO TO」の効果? 

10月18日、日曜日。

 

久し振りに堀端の喫茶店に行きました。コロナの影響で、ほとんど議会か買い物にしか出歩かなくなったので、本当に久し振りです。

 

折角、彦根城周辺まで来ましたので、観光客はどうなのかと、少しうろうろと巡ってみました。

 

 

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京橋口はもちろん、大手前や二の丸の駐車場も「満車」でした。また、埋木舎周辺も観光客が多く、一時期の閑散さとは違いました。でも、いろは松の観光バス駐車場は(その時間には)空いていました。更に、検察庁横の駐車場も臨時に開設していました。個人客の来訪が中心なのかも知れません。

 

 

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本来ならば「ご当地キャラ博」の時期(当初は10月17日・18日を11月7日・8日に延期したが、結局は中止)で、17日は雨模様だったものの、秋晴れの中、数多くの観光客の来訪を迎えられたのにと思うと、残念です。

 

 

20201018003

 

中には、袴姿の観光客や、修学旅行生らしき学生の姿も見受けました。

 

観光客増加が「GO TO」キャンペーンのせいかどうかは分かりませんが、市内の経済が少しでも上向くようになってもらいたいと思います。

 

 

 

 

 

 


世界中が社会の分断を目指しているような...

21世紀は社会の分断を作り出すことで始まったと言っても過言ではないのでしょうか。

 

歴史的に言えば、王侯貴族と庶民の対立から、市民革命が起こったのも分断の一つかも知れません。

 

しかし、2度の世界大戦を経て、協調が必要だとする世の中にあって、国家間の思想による冷戦は続きました。これは国家間の問題でした。

 

ところが、日本では「構造改革なくして景気回復なし」と、社会の体制変更に対する「抵抗勢力」と銘打って、郵政改革法案の参議院での否決(2005年8月)を受け、衆議院を解散し、郵政民営化法案への自民党反対派議員の選挙区に刺客を擁立し、政治の世界での分断を生み出しました。

 

一方、世界ではワールド・トレード・センタービルや国防総省への航空機による自爆テロ(2001年9月)など、「国家」ではない組織と大国・アメリカの争いが激化しました。

 

ところが、4年前に行われたアメリカ大統領選以降、国の中での思想信条の違いによる分断が始まりました。

 

白人か非白人か。

LGBTQなのかどうか。

富裕層であるか否か。

 

ありとあらゆる違いを「yes」か「no」かに峻別して、「敵」を作り出すことによって、人の内面にまで踏み込んでしまっています。

 

政策の善し悪しではなく、極論すれば「好き」「嫌い」のように、本来争われるべき問題を置き去りにして、「数」こそがすべて(結局、政治の世界は多数決ですから、あながち否定はできませんが)の社会へと、分断を図っているように思います。

 

しかし、そこには人として最低限度守るべきルールがあるはずです。それが法による統治という社会のルールです。それを無視することは、独裁政治、独善社会への道に繋がっていきます。

 

今、我が国においても、この「法治国家」という思想が揺らぎつつあります。本来、国民の為に働くべき公務員(官僚)が「政権の意に沿わなければ異動させる」などという官僚支配の一言で、「忖度」という意識を浸透させようとしています。「法の統治」から「独裁者による統治」へと変えようとしています。本来、政権与党は国会で多数を占めていますから、正面から「法改正」を提案し、国会での議論の中で、国民の理解を得て、政策を変更するべきものではないでしょうか。まさに、「三権の長」と思い違えていた前総理の考え方さえも踏襲した総理だと思います。

 

国民の意見の多数を確認もせず、法改正すら行わないで、「解釈変更」という陰に隠れた決定で政策変更に舵を切ることは民主主義への挑戦であって、国民の合意すらないままに実務の準備をさせようとすることは、壮大な無駄ではないでしょうか。「国民のため奉仕する」べき公務員のあるべき姿ではありません。

 

社会を分断することは、アメリカの大統領選を見れば、決して許されることでないことは明らかです。

 

今なら改めることができるのではないでしょうか。

 

 

から


報道特集(TBS)

10月17日、夕食の準備をしながら、TBSの報道特集を見ました。

森友学園問題の文書改ざんの音声データの公表です。

 

それにしても、どれだけ前政権を守りたいのでしょう。どのような約束が前総理と現総理の間で交わされたのでしょう。

 

そしてこの事件は検察審査会で「不起訴不当」の判断がされたにもかかわらず、起訴するだけの証拠がないとして不起訴処分となってしまいました。

 

しかし、国民が知りたいのは、実際にどのようなことがあったのかという「真実」が知りたいのです。

 

今回、音声データが出てきて、一部とはいうものの、当時の理財局長の判断で改ざんされたというのですから、大阪地検特捜部の捜査能力が問われることになるのではないでしょうか。

 

当事者は果たしてどのような気持ちでいるのでしょうか。

 

全体の奉仕者である公務員の風上にも置けないというのが国民の感想です。優秀な大学を卒業して、上級公務員試験を通った人に良心はあるはずです。

 

今一度、公務員採用における判断基準を合本的に見直し、(まさに行革の一丁目一番地ではないでしょうか)人としての素養のある人を採用し、「忖度」などという言葉が二度と出てこない世の中になるように改めていくべきではないでしょうか。

 

 

 

 


「真実を告げないイエスマンを雇うな」

アメリカ大統領選の最終盤に入って、元首席補佐官がかつて「真実を告げないイエスマンを雇うな」と忠告していたと伝えています。

 

我が国においても総理の思惑に従うような人物ばかりを官邸に招き入れ、その結果、いろいろな問題が生じました。森友学園問題、加計学園問題、検察庁長官問題、桜を見る会。そのいずれもが、周囲からの忠告に耳を塞ぐことによって、誰もルールに則った処理を伝えることがなかったというものです。

 

菅総理も、「政権の決めた政策の方向性に反対する幹部は異動してもらう」と自民党総裁に立候補した際(9月13日)に表明しました。同じ構図です。

 

アメリカの元大統領補佐官は「そのような人物を雇ったら弾劾されると思う」と言ったようです。そして、トランプ政権から離れてしまったのです。

 

政治に携わる者にとって聞き心地の良い言葉でおだてられることは心地よいかも知れませんが、世の中には真実を見抜く力を持つ人たちがたくさんいます。記者会見や国会答弁などという場において、その場しのぎで説明ができたとしても、それだけでは済まない世界です。常に国民一人ひとりのことを考え、何が「税金を使わせてもらう」立場にいる決裁権者としての責任であるのか、しっかりと考えなければならないでしょう。

 

これは、国政のみならず、地方自治においても同じだと思います。

 

 

 

 



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